第137話 睡眠は大事


 腕の中で琥珀さんは苦し気に呻き声を上げる。みんなに迷惑は掛けられない、琥珀さんはそう言った。それなら誰に頼るべきか。



「星影、助さん呼んできてくれる?」


「ナァ!」



 星影は返事と同時にパッと駆け出していった。琥珀さんを心配して擦り寄る風月と餅雪をしっぽで抱き締めながらどうにか琥珀さんを支える。ボクがちょっとでも動いたら琥珀さんを地面にぶつけてしまいそうだ。


 苦しそうではありながらも寝息を立てている琥珀さんの茶色い髪を撫でる。昔風邪を引いてしまった時、彩葉さんが傍でこうしてくれた。頭を撫でてもらっている間は痛みが消えたみたいで心地良かったのを思い出す。


 ゆっくりと撫でていると、星影の足音が聞えた。その後ろから走ってくる軽い足音は助さんだ。



「ナァ!」


「サクちゃん! って、琥珀!」



 琥珀さんが倒れていることに気が付いた瞬間、助さんは慌てて駆け寄ってきた。



「今は寝ているんですけど、苦しそうで」


「あぁ、なるほど。とりあえず社の中に運ぶから、サクちゃんもついて来てくれる?」


「分かりました」



 助さんは呆れたような顔で納得すると、琥珀さんをお姫様抱っこで持ち上げた。



「星影はどうする?」


「ナァーオ」


「分かった。中にいるからね。餅雪と風月はボクと先に行こうか」



 花丸を迎えに行くという星影を見送って、餅雪と風月と一緒に助さんについて行く。裏の入り口から社に入ったら、宴会場と障子を隔てているだけの廊下を静かに歩いた。


 キッチンの人たちにも気が付かれないようにそろそろと動いて、ボクの部屋にある布団に琥珀さんを寝かせた。



「キッチンのすぐ傍だけど、ここが一番人が来ないからね」



 助さんは疲れた腕を軽く揉みながら、特に動揺した様子も見せずに琥珀さんの横に腰かけた。ボクと餅雪と風月は反対に座った。琥珀さんはまだ辛そうに呼吸をしている。



「あの、助さん。琥珀さんは一体どうしたんですか?」


「ん? ああ、説明してなかったね。ごめんごめん」



 ケロッとした顔で笑った助さんは、琥珀さんの額に手を当てた。その時そろそろと部屋に入ってきた星影。口に花丸の首根っこを咥えたままボクの隣まで歩いてくると、花丸をそっと下ろしてその隣にちょこんと座った。



「ふふっ、可愛いな。っと、琥珀の話だったね。琥珀が倒れるのは、千歳ほどじゃないけどよくあることなんだよ。寝不足になるとすぐ倒れちゃう」


「寝不足、ですか?」


「身体が必要としている時間より短い睡眠の日が続いたり、徹夜してしまったりね。そうすると身体が休ませろって言って、強制的に寝かせるんだ。今日は特に、夜通しお酒に付き合わされていたからキツかっただろうね」


「なるほど」


「頭痛が起き始めたタイミングで寝られたらそこまで酷くはならないんだけど、お正月みたいに起きてないといけない日とかは休めなくて倒れちゃうんだよね」



 琥珀さんはいつも元気だと思っていた。だけどもしかして、昨日からずっと体調が悪かったのかもしれない。



「もちろん、お正月だってみんなでフォローして休ませてあげられるように準備はしてるんだ。でも琥珀は誰よりも責任感が強いから。周りが働いているときに自分だけ休むなんてできない性格なんだよね」



 助さんは困ったように笑った。琥珀さんはいつも笑っていて、みんなをまとめて、引っ張ってくれる。ボクもずっと頼りにしているし、村の誰もが頼りにしている人だ。


 それに前にも助さんに聞いた。琥珀さんは自分を守るために誰かを優先すると。知っていたのに琥珀さんの体調を気に掛けられていなかったボクも悪い。ボクなら気が付くこともできたかもしれないのに。



「御空にも気が付かせないくらい隠すからね、琥珀は」



 助さんはボクの考えを見透かしたかのように言うと、静かに立ち上がった。



「ボクは仕事に戻るから、琥珀のことよろしくね」


「分かりました」



 助さんに代わって琥珀さんの頭を撫でていると、餅雪が琥珀さんに擦り寄った。真似をするように風月が擦り寄る。その姿を微笑ましく見ていると、星影がボクに擦り寄ってくれた。



「星影、ありがとう」


「ナァ」



 細く鳴いた星影の耳がピクリと動く。ボクは部屋の外の音に意識を向けた。助さんがキッチンにいた春川さんに声を掛けている。春川さんが来てくれるらしい。それならボクは出て行った方が良いだろうか。



「失礼します」



 考えている間に入ってきた春川さんは、琥珀さんの様子を見て顔を歪めた。けれどすぐに餅雪が琥珀に擦り寄る姿をスマホで動画撮影し始めた。起きた琥珀さんがその映像を見たら泣いちゃうかもしれないな。



「春川さん、琥珀さんのことをお願いしても良いですか? ボクは、琥珀さんの分も皆さんとお話してきますから」


「分かりました」



 ボクが立ち上がると、星影も立ち上がってまだ寝ている花丸の首根っこを咥えた。風月もそれに気が付いて立ち上がったけれど、餅雪は動かなかった。



「ニィ」



 困ったように揺れる声。一緒に行きたいけど、琥珀も心配。その気持ちは分からないわけじゃない。ボクだって傍にいたい。



「餅雪、春川さんと一緒に琥珀さんの傍にいてあげて。きっと琥珀さんも喜ぶから」


「ニィ!」



 元気な声を聞かせてくれた。その声に琥珀さんが身じろいでヒヤリとしたけれど、琥珀さんが起きることはなくてホッとした。



「それじゃあ、星影と風月は俺と行こうか」


「ニュウ」



 やる気満々な返事をしてくれた風月と、しゃべれないなりにしっぽを振ってくれた星影。眠っている花丸も含めて全員でまた宴会場に戻った。



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