第135話 初めてのおせち
キヌさんとミツヨさんに断ってツバキさんの方に行くと、裏口の方に用意された机に案内された。そこには色とりどりの料理が並んでいた。
「綺麗ですね」
「ふふっ、御空くんたちと一緒に僕たちも作ったんだ。みんなももう食べ始めちゃってるけど、味見してもらえるかな?」
「いただきます!」
匂いだけでももう美味しいことが分かる。箸をもらって、まず差し出された小皿を受け取った。
「これは?」
「大根と人参のなますです」
「なます……」
柚子の香りがするそれを摘まんで口に入れる。その瞬間、思わぬ味に吹き出しそうになった。
「す、酸っぱい!」
「あははっ、なますは初めてだったんだ」
ツバキさんは湯呑みを差し出してくれた。猫舌に優しい温かさのお茶を有難くもらう。ホッと落ち着いてから口の中に残ったなますの味を反芻してみる。酸っぱさの中にある甘さが美味しかった、気がする。もう一回食べたいかも。
「なんだか、くせになる味でしたね」
「そうだね、なますってそういうところあるから。気に入ったなら後でもらっておくね」
「ありがとうございます」
次に差し出されたのは、何か黒っぽい魚。ベタベタした何かでくっついてるみたいだ。
「これは田作り。豊作を祈って食べてね」
「豊作ですか?」
「そう。農業が豊かな一年になることを祈るの」
不思議な願掛けだなと思いながらも食べてみる。口に入れた瞬間、甘くて美味しい。だけどガジッと噛んだ瞬間、嫌な苦みが広がった。魚の苦みだけじゃない、焦げたような味。
「あらら、ちょっと苦手かな?」
「ちょっとだけですよ?」
苦いと思ったのが顔に出てしまったのか、楽し気に笑ったツバキさんはボクの頬をツンツンとつついた。どうにかゴクリと飲み込むと、また湯呑みを手渡してくれた。お茶の甘さが際立って感じる。
「次に行っちゃおうか」
次はなにやら黄色い艶々したものを渡された。滑らかな見た目から甘そうな予感がする。
「さつまいもの匂いですか?」
「そうだよ。鼻良いねぇ」
揶揄うように言ったツバキさんは、ボクのお茶を注ぎ直す。その間にさつまいもでできているらしい、とろとろしたものに箸を刺す。すると何か柔らかいけど確実にさつまいもではなさそうなものに箸が刺さった。
恐る恐るそれを取り上げてみると、艶々した栗が一粒出てきた。
「栗!」
「そう、栗! これは栗きんとんって言うんだよ」
「栗きんとんですか」
さつまいものとろとろしたものの中から栗を探すのは宝探しのようでとても楽しい。食べてみるとほろほろした甘みも美味しくて、一つで二度美味しいってやつだ。
「これは好きそうだね」
「はい。とても楽しいです」
「楽しいんだね。そっか」
ツバキさんはボクと同じように楽し気にほくほくした表情をしている。ツバキさんも栗きんとんが好きなのかな。
「次はこれ、食べてみて?」
「これは! 油揚げ! ですけど、なんだかふっくらしてますね」
「中に甘いご飯が入っているんだよ。お稲荷さんって名前でね、この村では大切な日に食べるものらしいよ」
「お稲荷さん」
きつねうどんにも油揚げ、お稲荷さんにも油揚げ。お稲荷様もボクも、油揚げとは切っても切れない縁があるみたいだ。
「いただきます」
一つを一口で食べることは難しくて、かぶりついて半分食べた。ほんのりした甘さがご飯の湯気に乗ってほわっと広がる。ゴマが入ってる。それも美味しい。
「これも?」
「好きです!」
「ふふっ、やっぱりキツネ様には油揚げなのかな」
ふふっと笑ったツバキさんは、ボクの頬に手を伸ばしてきた。グイッと口元を拭われて、離れたその手にはご飯粒が一粒ついていた。ツバキさんはそれを見せつけるようにボクの前に差し出すと、そのまま自分の口に放り込んだ。
「ありがとうございます」
「んー、サクラくんには効かないか」
ツバキさんはなにやら眉を下げてしまった。どうしたのだろう。
ボクが首を傾げていると、向こうから助さんが歩いてくる足音が聞えた。ボクが曲がり角に目を向けた瞬間、助さんが顔を覗かせた。
「サクちゃん見っけ」
「見つかっちゃいました」
助さんはボクにふわりと抱き着くと、よしよしと頭を撫でてくれた。助さんからはお出汁の優しい香りが漂ってくる。いつも御空さんからしてる香りだ。
「助くん。サクラくんの好物が分かったよ」
「本当ですか? って、サクちゃんの可愛い瞬間を独り占めしないでくださいよ」
「ふふっ、ごめんごめん」
余裕ある大人の笑みを浮かべるツバキさんに、助さんはボクを抱き締めたままムッと唇を尖らせた。その姿が可愛らしくてしっぽを巻きつけると、嬉しそうに笑ってくれた。助さんの無邪気な笑顔が今年もたくさん見たいな。
「それで? サクちゃんはどれが好き?」
「栗きんとんとお稲荷さんです」
「だと思った! 実はね、その二つはキッチンにサクちゃん用の分を残してあるんだ。後で食べて良いからね」
「ありがとうございます!」
ニッと笑った助さんは、ボクの頭をわしゃわしゃと撫でてくれた。それからパッと手を離すと、後ろのポケットに入れていた袋をガサゴソと取り出した。
「これ、田作りを作ったときに余った魚なんだけど。星影たちにプレゼントしてあげてくれる?」
「良いんですか?」
「もちろん。星影たちにとっても大切なお正月だからね」
助さんはそう言ってウインクすると、琥珀さんに呼ばれて行ってしまった。
「ツバキさん、ありがとうございました。ボク、星影たちのところに行ってきますね」
「うん、行ってらっしゃい。確かさっきまでマナトくんたちのところにいたと思うからね」
「ありがとうございます」
ボクはツバキさんに見送られて、星影たちを探しに向かった。
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