第134話 ミツヨとキヌ
太陽が完全に昇りきると、村のみんながまた続々と社に集まってきた。御空さんと助さんを中心に作ったおせちを琥珀さんと中学校の先生たちが宴会場の方まで運んできて、それを千歳さんと小学校の先生たちが配膳している。
ボクも手伝いたかったけれど、それはダメだと思って大人しく待っていると向こうからゾクリとする気配が駆け寄ってきた。
「サクちゃーん!」
「キャンッ!」
鈍い衝撃と同時に力強く抱き締められる。振り返らなくても誰かは分かる。こんなに熱烈に来てくれる人は一人しかいない。
「キ、キヌさん、痛いです」
「あっはっは、ごめんごめん」
振り返るとやっぱりキヌさんがいた。キヌさんとは商店街に行くたびに会うけれど、毎回このハグから始まるから怖い。嬉しいけどね、痛い。
「サクラさん、おはよう。キヌがごめんね!」
「いえ、大丈夫ですよ。ミツヨさん、おはようございます」
キヌさんの後ろから来たのはミツヨさん。キヌさんとミツヨさんは仲が良くて、よく一緒にいるところを見かける。
「そういえば、お二人っていつから仲が良いんですか?」
ふと不思議に思って聞いてみると、キヌさんとミツヨさんは顔を見合わせた。
「いつって言われると分からないけど、キヌが村に来てすぐは仲が悪かったな。よそ者め、みたいなさ! でも家も近いし、性格も似てるしさ。話してみたらすぐ打ち解けられてびっくりしたわ。ま、今じゃ姉妹みたいなものさ!」
「ミツヨが妹とか嫌なんだけど。まあ、最初の頃はミツヨに凄い睨まれたのは覚えてるわ」
そう言いながら二人はゲラゲラと笑いながらお互いの肩を叩き合う。痛そうだけど、二人とも楽しそうだからよく分からない。
言われてみると、キヌさんのお店の【シルクロード】とミツヨさんのお店の【百田食堂】は斜向かい。お店の裏に家があるから、本当に家が近い。
商店街の集まりでもよく顔を合わせるだろうし、話をすれば仲良くもなるだろう。二人とも優しくて元気が良くて、誰かのための商売をする人だから。
「旦那たちの方が同い年だからか仲が良くてさ! 私がまだキヌと睨み合ってるときに、カズキさんがワタルさんと飲みに行くって言うからびっくりしたのなんのって。今でもしょっちゅう二人で飲みに行くんだからさぁ!」
「どうせ二人であたしたちの悪口言ってんのよ。二人ともあたしたちの尻に敷かれてんだから、不満くらい溜まるでしょ。昨日も日付変わってからも飲んでてあっちで伸びてるし」
「違いないわ。あ、カズキさんもあそこで伸びてるわ。飲み過ぎるなって言ったのにさぁ」
二人は宴会場で伸びているカズキさんとワタルさんから視線を外すと、またゲラゲラと笑う。だけどボクはカズキさんとワタルさんが悪口を言い合っている姿なんて想像ができない。二人とも悪口を言う姿を見たことがないし、元気な奥さんを見るのが好きそうに見える。
ちょっとだけミツヨさんとキヌさんの心を覗かせてもらうと、赤みが強いピンクの花が大きな葉っぱで花を隠しながら揺れていた。恋を隠しているのかな。だけどこんなに赤が差したピンクの花は見たことがない。これはなんだろう。
「まあ、何を話していても良いんだけどさ! カズキさんもワタルさん以外に腹を割って話せる人なんて村の中にいないだろうしさ!」
「ワタルだってそうだよ。あたしたちはミツヨとカズキさんがいなかったら孤立してたね」
「そう? そう思うならもっと褒めても良いんだよ?」
「ヤダよ、また調子乗って!」
ゲラゲラと笑う二人はまたお互いの肩をバシバシと叩く。流石に慣れてくるけど、やっぱり痛そう。
「あ、そうそう! それでね。サクちゃんに相談があったの。良いかしら?」
「はい、もちろん」
急に真面目な顔になったキヌさんがグイッと顔を近づけて声を潜めた。そっと宴会場の端に移動して、三人で椅子に並んで座った。
「うちの店、来年開店二十周年でね。その感謝を込めて感謝祭をやりたくて。村のみんなにプレゼントをしたいんだけど、一緒に考えてくれる?」
「ボクで良ければ。ふふっ、やっぱりキヌさんは優しいですね」
「あら。嬉しいわぁ。ギューしてあげる」
キヌさんにまたきつく抱き締められる。痛いし呼吸もできなくてミツヨさんを見ると、呆れた顔で助けてくれた。
「キヌ、力加減は考えな。サクラさん潰れちゃうから」
「潰れはしないわ!」
冗談めかして言ったミツヨさんにキヌさんがキレ良く突っ込む。ボクからしたら冗談でもなんでもなく潰れそうだと思うけど。
「あ、そうだ。私もサクラさんに手伝ってもらいたくてね」
「はい、もちろん良いですよ」
「ありがとう。今年は【百田食堂】も開店五十周年を迎えるのさ。それを記念して新メニューを考えたいんだけど、メインメニューとデザート、味見してもらっても良いかい?」
「ぜひやりたいです!」
今度はミツヨさんからもお願いされて、ボクはみんなの役に立てることと頼られていることに嬉しくなった。今年もみんなのために、もっともっと頑張りたい。
「ありがとう。いくつか試作しててね。四月から出したいから、早めに来てくれると嬉しいな。あ、一緒に来るなら琥珀以外でお願いね。あいつは舌がさ」
ミツヨさんは苦笑いを浮かべる。よく意味は分からなかったけれど、ミツヨさんがそうして欲しいならそうしない理由はない。
「分かりました」
「サクラくん、今良いかな?」
返事をしたちょうどその時、向こうから静かだけど良く響く声でツバキさんに呼ばれた。
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