第133話 初日の出
二年参りが終わってから、眠気でフラフラしながらも宴会を続ける人たちとお話をしていた。それからしばらくの間は記憶がなくて、まだ日が昇らない内に誰かに揺すり起こされた。
「サクラ、ごめんな。起きられるか?」
「んんっ、琥珀さん?」
ぼんやりした視界に琥珀さんを捉える。紫色の空を背景に、琥珀さんの顔には疲れの色が滲んでいた。
「琥珀さん、もしかして全然休んでないのですか?」
「あー、ツバキさんに捕まっちゃって。あの人酒豪だから」
困ったように眉を下げて頬を掻く琥珀さんが指を差す。その先ではツバキさんが机に張り付くように眠っていた。ツバキさんの他にも同じように潰れている人がいて、その周りはお酒臭かった。
「あれ、みんなツバキさんに潰された人たちね。ツバキさん、俺以外全員潰して満足したら寝ちゃってさ」
「琥珀さんもお酒は強いんですか?」
「村でも強い方だと思うぞ。一晩中飲んでも意識ははっきりしてるし、二日酔いにもならないからな。【百田食堂】のミツヨさんとか、数の家の人たちは強い人も多いけど、俺より強い人は彩葉さんくらいだな」
彩葉さんがお酒を飲んで寝ないところを見たことがなかったから驚いた。何度か父さんが彩葉さんにお酒を買ってきて飲ませていたことはあった。働きすぎだから休ませるって言って、お酒を飲んで眠った彩葉さんを部屋に連れて行っていた。
父さんは彩葉さんに対して厳しいことを言うことも多かったけれど、根は優しい人だから。彩葉さんの体調を気にしていたのだと思っていた。でも、お酒に強い人ほど寝ないなら、彩葉さんはどうして一杯飲み切る前にいつも眠っていたんだろう。
ちなみにボクはまだお酒を飲んだことはない。まだ十六歳だし、父さんが言うにはボクはお酒で死んじゃう可能性もあるって言っていたから。
「サクラ? どうした?」
「いえ。あの、千歳さんたちはお酒飲むんですか?」
「飲むけど、三人ともお酒に弱いから自分から避けてるな。飲むとそれぞれ面倒臭いことになるから、進んで飲まないでくれると助かるけど。今日も三人とも飲まずに乗り切ったみたいだぞ。って、そんな話をしている場合じゃなかった。こっち来て」
琥珀さんに手招きされて、誘導されるまま崖の方に移動する。そこにはちらほらと村の人たちが集まっていて、トモアキさんとトオルさんの姿もあった。
「毎年見に来る人は減るんだけど、ここから初日の出って、一年の中で最初に昇る太陽をみんなで見る風習もあってさ。サクラにも見せたかったんだ」
紫色の空の向こう、少しオレンジになってきたところを見ながらみんなで楽しそうに話をしている。御空さんと助さんは崖に人が落ちないように見張りながら話をしていて、千歳さんはホナミさんと肩を並べて寄り添っていた。
「サクラさん、琥珀くん、あけましておめでとうございます」
「あけましておめでとうございます。って、夜も言いましたね」
ボクに気が付いてトモアキさんとトオルさんが来てくれた。
「ま、今日は何度言っても良いだろ。あけましておめでとう。あ、二人にサクラのこと任せて良いか? ツバキさんたち起こしてくるから」
「分かりました」
「んじゃ、よろしく」
トモアキさんが返事をすると、琥珀さんは安堵した顔で向こうに戻って行った。残されたボクたちは、オレンジの空の方を向いて太陽が顔を出すのを待った。
「そういえば、アズキさんは?」
「アズキは寝坊です」
「ふふっ、毎年のことですからね。でも、今年はサクラさんと初日の出を見るって意気込んではいたんですよ」
トオルさんが呆れたようにため息を吐くと、トモアキさんは楽しそうに笑った。意気込むアズキさんは想像がつくけれど、楽しみ過ぎて夜眠れなくて朝起きられないアズキさんも簡単に想像できる。
「アキラも起きたってのに。全く」
「本当ですね」
トオルさんの視線の先には、三歳の弟のアキラさんがいた。すっかり目が覚めているようで、高祖父にあたるカズさんと手遊びをしてキャッキャッと楽しそうだ。
「七瀬家のみなさんは全員参加ですか?」
「はい。毎年のことです」
カズさんとハルさん、ユウタロウさんとモモコさん、ユウスケさんとユリコさん、トモナリさんとハルコさん、そしてトオルさんとアキラさん。五世代十人の大家族が全員揃って参加してくれていた。
「有難いことです」
「サクラさんにそう言ってもらえると嬉しいですね」
トオルさんは照れ臭そうに笑うと口元を隠してしまった。その顔が少しずつ明るく照らされる。それに気が付いて顔を太陽の方に向けると、山々の間から明るい太陽の姿が少しだけ覗いていた。
「もうすぐ頭が出ますよ」
「そんなに早く動くんですか?」
「ジッと見ていると結構早いですよ。でも、あまり直視してはいけませんからね」
トモアキさんに諭されて、コクリと頷く。ボクは日の出すら見たことがない。研究所の部屋には窓がなかったから。キッチンの前にはあったけど、キッチンと部屋の間の扉が開くのは太陽が昇り切った後。村に来てからも、太陽が昇る前に起きても太陽を眺めるなんてしたことがない。
「わぁっ」
太陽が少しずつ顔を出す。ゆらゆらと揺らめいているように見えるそれは、世界を浄化しているように見えた。
「綺麗です!」
「そうですね」
トモアキさんの方を振り返ると、トモアキさんは視線を合わせて微笑みながら頷いてくれた。トオルさんはジッと太陽を見つめていて、その顔は何かを決意しているようにも思えた。
年を越して、朝が来て。村の新しい一年が始まった。
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