第132話 年越しの鐘


 宴会の間、呼ばれた先でアズキさんやトオルさん、先生たちがトモアキさんと同じように食べ物を勧めてくれた。そのおかげでお腹が空き過ぎることなく真夜中を迎えた。


 日付が変わりそうになると、眠っていた人たちを起こした。お酒を飲んでいた人たちも手を止める。


 ボクは琥珀さんたちに導かれるまま、お稲荷様の像が祀られているその前に座った。それを待っていたかのように次々と村の人たちが参拝を始めた。琥珀さんから順番に、一の家から万の家が参拝を済ませると、そこからは好きな順番での参拝が始まった。


 ボクはジッとしていれば良いと言われたから、ジッと参拝する人たちの顔を観察して終わりを待った。お稲荷様の力を使うとそれぞれがお稲荷様に語りかける言葉が直に聞こえてしまいそうで、ただ観察するだけに留めた。


 みんな真剣な顔で参拝を済ませていく。ボクも参拝したいけど、この感じだとさせてもらえる機会はなさそうだ。さっきお稲荷様に会ったから、あのときの会話を一年の終わりの挨拶ということにしてもらおう。お稲荷様なら許してくれる。



「あと参拝していない人はいないか?」



 琥珀さんの呼びかけに応える人はいない。ボクも全員が参拝を済ませたことは確認している。



「よし。それじゃ、そろそろだな」



 琥珀さんは腕時計を見ながらそう言うと社の裏手に視線を送った。確かあっちには、古い青緑色のドームが吊るされていたはず。何に使うものか分からないし、古そうなものだったから今は使われていないものだと思ったのだけれど。


 そういえば、さっきまでいたはずの助さんがいない。どこに行ったのかと辺りを見回していると、ボクの元に星影たちが一斉に飛び込んできた。


 ゴーン、ゴーン、ゴーン



 その瞬間に強く大きく空気を震わせる音が辺りに響いた。何が起きているのか分からなくて怖い。だけどボク以上に震えている星影たちを抱き締めて音が止むのを待つ。すると突然、肩にポンと手が置かれた。



「ぴゃっ!」


「わっ、すみません」



 振り返ると、申し訳なさそうな顔をした御空さんがボクの肩に手を置いていた。



「み、御空さんでしたか。すみません」


「いえ、こちらこそすみません。サクラたちに年越しの時には鐘が鳴ることを伝えていなかったことを思い出しまして。驚かせてしまって申し訳ありません」


「鐘、ですか?」



 ボクが聞き返すと、鐘とやらの音が止んだ。



「社の裏に昔からある青銅という金属でできた鐘があるのを知っていますか?」


「えっと、あの青緑色の吊るされているものですか?」


「はい、それです。あれを木の棒で打ち鳴らすことでさっきの鐘が鳴るんです。世話係の中で持ち回りで鐘を鳴らす係を決めていて、今年は助が鐘を打ちました」



 木の棒で鳴らす楽器、それがあのドームだったのか。御空さんの説明を聞いて、それを星影たちにも説明した。星影たちは先に言っておけ、と不満げに鳴いたけれどそれは御空さんに伝えなかった。



「サクラ、これから二年参りの後半戦が始まります。皆さんがもう一度お参りを始めますから、まだここにいてくださいね?」


「星影たちは?」


「ここにいてもらって構いません」



 御空さんは星影たちの背中を一匹ずつ、謝りながら撫でると琥珀さんたちの方に走って行った。


 また琥珀さんたちから参拝が始まって、一の家から万の家、他の家の人たちが参拝を行う。ボクはその様子を見ながら眠たそうな子ネコたちをしっぽで包んで寝かしつけながら、膝の上に載ってきた星影の背中を撫で続けていた。



「星影、今年もよろしくね」


「ナァ」



 ボクの手に擦り寄ってきた星影が眠りにつくころ、全員の参拝が終わった。



「サクちゃん、お疲れ様。って、凄いことになってるね」



 宴会を続ける人と一度家に帰る人。それぞれを千歳さんと御空さんが誘導する中、助さんがボクの方に来てくれた。



「鐘を打ったらその年は誘導の係はお休みだからね。去年までは暇だし手伝ってたけど、今年はサクちゃんがいるから有難く休ませてもらおうと思って」



 ニコッと笑った助さんは、ボクの隣に胡坐をかいてふわっと欠伸をした。思い返してみればボクはお稲荷様のところに行った時に眠っていたけれど、助さんたちは身体を動かして働き通しだった。疲れていて当然だろう。



「琥珀さんは?」


「ジョウタロウさんとヒサシさんと一緒に車で帰る人の送迎してる。タクシー運転手の二人だけだと手が足りないから」



 助さんはそう言うとボクの頭をふわりと撫でた。何かあったのかと思って助さんの方を見ると、助さんは眉を下げて笑っていた。



「アルトくんのこと、ありがとうね。サクちゃんのおかげでちゃんと話せたから」



 長い一日、お昼にアルトさんと話したことを思い出した。あれからどうなったのかを聞く機会はなかったけれど、和解できたなら良かった。



「アルトくんも僕もお互いのことを心配し過ぎていたんだって分かった。サクラが間に入ってくれたおかげだよ、ありがとう」


「いえ、ボクは何も」



 感謝されて嬉しいけど、今しっぽを動かしたら子ネコたちを起こしてしまう。震えながらしっぽの動きを抑えた。助さんはそんなボクを見ながらクスクスと笑う。


 一人一人の話を聞いて、悩みを一つ一つ解決する。今年もそうやって、村のみんなが笑顔で暮らせるように頑張りたい。


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