第130話 愛のカタチ
マイコさんは万田家の一人娘だった。マイコさんの父親は私が生まれる前に亡くなっていて、マイコさんは生まれてからずっと万田家の代表として扱われてきた。それに嫌気がさしたのか、村を飛び出して高校時代の教師と結婚した。
リョウマが生まれてショウマを身籠った頃、何があったかは分からないけれど離婚をして村に帰ってきた。マイコさんは戻ってきてすぐに万田家の代表に再抜擢されて、それから間もなくショウマが生まれた。
そういう経緯があったことは、こんな小さな村ではすぐに伝わってしまう。マイコさんもリョウマもショウマも、嫌な思いをすることは少なからずあったと思う。
特にリョウマは小学校に入学するタイミングで誰も知り合いがいない村に来た。村で生まれたみんなは生まれてからずっと一緒にいるから仲が良いけれど、そこに外から加わることは難しい。
なかなか馴染めずにいたリョウマを、当然私も琥珀も気に掛けていた。けれど完全に心を閉ざしてしまっていたリョウマに私たちは受け入れてもらうことができなかった。
大人たちも頭を抱えていたころ、御空が常盤家の養子として迎えられた。タイミングよく現れた常盤の後継者。大人にとって都合が良かったのだろう。外から来たからこそ分かることもあるだろうとかなんとか言って、リョウマと村の橋渡しが御空の最初の仕事として割り当てられることになった。
御空が村に馴染むことにもリョウマと話をすることにも苦労すること二年。マイコさんが病に倒れた。病気だと分かったときにはすでに手遅れで、それからすぐに亡くなってしまった。
マイコさんの葬儀の日。マイコさんの柩に縋り泣くショウマと、ただ無表情に安らかに眠るマイコさんを見下ろすリョウマ。リョウマは明らかに誰も寄せ付けないオーラを醸し出していた。けれどその隣には御空がいた。突き放されても、御空はその傍を離れなかった。
その葬儀が終わる時、リョウマは代表者を任された。断ることも許されない状況で、リョウマはただ頷いてその場を離れた。その後ろを御空が追いかけていくのを私はただ見送った。
ショウマの傍には助がいて、私は琥珀と一緒に二人の祖母であるタマ子さんとこれからの話をするためにその場に残った。だからその後のことはリョウマと御空にしか知り得ないことだった。
「それ以来、俺と御空は孤独とか秘密を共有するようになってさ。俺にとって、御空は同志みたいなもんなんだよ」
そう言いながらリョウマの御空を見つめる視線はどこまでも温かくて優しい。話を聞いてから見ると、それは俺と琥珀の間にあるものよりも、俺とホナミの間にあるものに似ている気がした。
初めに感じた違和感の正体が分かってすっきりはした。けれどその先に踏み込んで良いのかと思い止まる。リョウマは冗談を言うことは多々あるけれど、今の様子は冗談や嘘だとは思えなかった。
「同志か」
「ああ。まあそれと同じくらい友人でもあって、守りたいとも思っているからさ。結構複雑に重たい感情を持ってはいるんだよな」
呆れたように息を漏らしたリョウマは、少し寂し気に笑った。そしてその寂しさを飲み込むようにシャンメリーを煽る。
「それは恋に似ているのか?」
「ぶっ」
私が思わずそう口にすると、リョウマはシャンメリーを吹き出した。私が慌てて差し出したハンカチで口元を拭いながらも、リョウマは笑いが治まらない様子だ。少ししてようやく笑いが治まってくると、ニヤニヤと私に視線を向けてきた。
「千歳くんにも恋が分かるようになってきたんすね」
「それはホナミのおかげだな」
「だろうな」
リョウマはクックッと笑いながら浮かんだ涙を拭う。失礼だと思わなくもない。けれど私としても自分が恋というものについて少しずつ理解し始めていることに驚いているのだから、リョウマばかりを責められない。
「恋、に似ているとは思うな。もしも俺か御空が女だったらそういう未来もあったかもしれねぇし」
夢想するかのように天を見上げたリョウマは、ゆるりと口元を持ち上げた。
「でも俺も御空も、恋愛対象に男は入らないんだよな。いくらお互いを大切に思っても、誰かに奪われたくないと感じたとしても。それはやっぱり同志とか友情とか、あとは独占欲とかって名前が付くものなんだよ」
この村では例がないと認識しているが、同性同士でも恋愛という形が成立する場合があることは私も知っている。上の世代の人から好きだった人がたまたま同性だったのではないかと言われて、納得したことがあった。けれどそうではないのだろうと今漠然と思った。
いくら愛があっても、性別が理由で恋愛対象にはならないことは大いにある。大抵の人がそうだろう。同性同士を忌避する人の中にはそういう考えの人もいるはず。それならそれは、誰もが性別を恋愛対象の選別基準にしているということ。自分が納得するために、美化するために曲解しているだけだ。
「全てではないと思うが、今聞いた話は理解ができた。ありがとうな」
「べつに、感謝されることはしてねぇだろ」
そっぽを向いたリョウマの耳が私の目の前に現れる。赤く染まっていることは夕陽のせいにでもしておこう。
「そうでもない。それと、これからも御空を頼む。ずっとというわけにはいかないだろうが、お互いにとって必要な間は、な」
「言われなくても」
リョウマは私に向き直ると、一つ、深く頷いた。私の大切な家族を思ってくれている人がいる。それが分かって、私はまた一つ肩の荷が下りた気がした。
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