第129話 仕事と友人


 リョウマをジッと見つめていると、視線に気が付いたらしいリョウマはフッと笑った。



「千歳くんって、案外顔に出るよな」


「どういう意味だ?」


「そのままの意味だけど。俺と御空のことが気になっているんだろ?」



 図星を突かれて内心驚いた。それ以前に私は無表情で何を考えているのか分からないと言われることの方が多い。顔に出ると言われた手前、必死にポーカーフェイスを貫いて複雑な心情を隠した。



「それは、聞いても良いということか?」


「千歳くんだけにならな。御空が抱えてきたもののこと、知ってるんだろ?」



 御空が抱えてきたもの。それはつまり、孤独感や嫌われることへの恐怖、両親への憎しみのことだろう。御空が何かを抱えているとは思いつつ、私が直接話を聞くことができたのは数か月前のことだ。



「どうしてそれを?」


「御空と俺は大抵のことは共有してるから」



 リョウマの視線が怪しく光る。挑発しつつ相手を見極めようとしているときの目だ。大方御空の一番は自分だと思っているかどうかを試しているんだろう。だが挑発に乗ってやるつもりはない。



「私よりもずっと長く御空の抱えているものを共有していたんだな」


「やっぱり千歳は引っかからないか」


「私が御空にとってどれだけ心の内を曝け出せる存在なのかより、御空が心を曝け出せる場所があることの方が私にとっては大切だからな」



 私が言えば、リョウマは下を向いて深くため息を吐いた。次に私に向けられた視線は非難の眼差しだった。



「そう思っているくせに、最近までアイツの話を聞いてやらなかったと? 御空の家族からの手紙のことも知らせず、メールも隠していたと?」



 リョウマが言うことはもっともだ。私がもっと早く御空の話を聞いて、家族との中を取り持ってやることができれば、御空はもっと自分の感情に素直に生きることができたかもしれない。



「ああ。私はできることがあるにも関わらず、それが今ではないと勝手に決めつけてずっと隠していた」



 御空が両親のことを話されることを露骨に嫌がっていたとか、両親を憎むことで心の安定を保っていたとか、御空が受け入れなかったとか。それも私が勝手にそう思い込んでいただけだったのかもしれない。


 御空と話して、それが私の思い込みではなかったことはもう分かっている。それでも、私が悪者になることでリョウマの気が済むのであれば私はそれで良いと思う。完全な解決には至らないことは分かっている。けれど冷静に話ができるときまで、そのときまでは私を憎めば良い。


 私はわざとリョウマにニヤリと笑みを向けた。挑発には挑発で返す。とことん相手になってやらなければボロが出る。こういうときはわざとらしいほど悪者になった方が良いと私は知っている。


 世話係の家の人間は生まれてからずっと、それぞれの家ごとの役割を全うすることを求められる。石竹は村を導くリーダー、常盤は中立を保つこと、山吹は隣に立って話を聞くこと。そして京藤は村の平和を維持すること。


 その一環として村の中で起きる揉め事の仲裁に入ることも、個人の悩みを聞くこともあった。世話係を引き継いでからは、今サクラがやってくれている仕事を四人で分担するような状態だった。


 そういえば昔、そのために必要だと武術を学ばされたこともあった。トレーニングしても筋肉が付きにくい体質だったこともあって全く今に生かされてはいないけど。



「千歳くんはそうとしか言えないよな。ごめん」



 私が昔のことを思い出していると、眉を下げて寂し気な様子のリョウマが謝ってきた。私は全く状況が読めなくて首を傾げると、リョウマはシャンメリーを一口飲んだ。



「俺は御空から全部聞いてる。千歳くんの判断が御空にとって正しかったことも、千歳くんが御空のことをずっと気に掛けていて話を聞こうとしてくれていたことも聞いてる。今のは、千歳くんにはしちゃいけないことだったよな」



 リョウマは素の仕草も言葉遣いも荒々しいところがあるが、根は優しくて周りに気遣いができるやつだ。不良全盛期だった中高の頃を除けば、謝るときは後腐れがないように丁寧に謝ってくれた。



「千歳くんは俺の友人である前に京藤の人間なんだもんな。御空だって最初は俺に話し掛けてきた理由は常盤の人間だからだった」



 リョウマは悔しそうに唇を噛む。私たちが家のしがらみに悩むのと同じように、相手もしがらみのせいで思うことがあることを直接聞かされたのは初めてだと思う。



「だけど俺が万田の家の代表になった日。常盤の人間は信用しないって言っちまったんだ。その時に御空が常盤の人間だと思ってもらえているのか悩んでいることを知った。それが俺を村の中に導くための手段の一つだったとしても、御空も俺と似たようなもんだったんだって知ってさ。御空となら理解し合えると思った」



 御空とリョウマが初めて話したのは、御空が村に来てすぐのことだろう。それからしばらくしてリョウマがグレて、御空がリョウマと村の人間の橋渡しの役割を任された。そのころは大して仲良くはなかったと記憶している。


 リョウマが万田の代表者になった日。それはリョウマの母親である万田真衣子まんだまいこさんが病気で亡くなった日だ。


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