第128話 宴会開始
決意を新たにした私は、今はとにかく目の前に準備に集中した。キッチンの方から渡された飲み物や蕎麦を宴会場の方に運んで、宴会場の方で話しかけられたら対応して。
せわしなく動きながらもいつも以上に意識してサクラの様子を見ていると、サクラは座っているようで腰を浮かせ続けていた。話しかけられたらしゃがみ込んで少し言葉を交わす。一人でいる人がいたら声を掛けて、席に誘導したり話をしたり。
時折右目を光らせながら一人一人に丁寧に対応している。村の人たちを相手にしているときは力をよく使うことに少し驚いた。それから、その度に少し悲しそうにすることにも気が付いた。
力を使うことに対する罪悪感なのか、それとも他の何かなのか。どちらにしても今度話を聞いてやりたいと思った。
全ての準備が終わると、琥珀が村人たちの中心に立ってグラスを掲げた。みんな席について、グラスを片手に持つ。
「では皆さん! そろそろ始めましょうか! 皆さんグラスを持ってください。今年も1年、ありがとうございました。来年もよろしくお願いします! 乾杯はサクラ、お願いします」
「はい! えっと、乾杯!」
「かんぱーい」
サクラの音頭に合わせてみんながグラスを掲げる。近くの人たちとグラスを突き合わせて、楽しそうにジュースやお酒を飲んだ。
「皆さんご存じの通り、今日はこれから宴会で、メイン料理はもちろんお蕎麦です。年が変わる前に1度お稲荷様にご挨拶をして、年が明けたらもう1度ご挨拶をします。それが終わったら寝るも良し、宴会を続けるも良しです。明日の朝は世話係の方からおせちを提供します。それからお昼にはお雑煮の提供もあります」
琥珀が声を張り上げて説明する中、みんなわぁわぁと騒いでいる。毎年同じだから説明を聞かなくて良い人の方が多いから仕方がないところではあるけど。
「はい、いただきますしますから、そろそろ静かにしてくださいね!」
また琥珀が叫んで、それでようやく静かになったところでサクラが琥珀の隣に立った。
「お蕎麦の用意をしてくださった皆さん、宴会場の準備をしてくださった皆さん、ありがとうございました。いただきます!」
「いただきます!」
今度もサクラの音頭でみんなが声を揃える。ここからは私たちも食べながら足りなくなったらもう一度蕎麦を茹でに行ったり、みんなの話を聞く時間になる。実際のところ、毎年ほとんど食べることができなくて二年参りを終えて酔っぱらいたちが寝落ちした後に食べる気力があれば食べるくらい。
だけど今年はサクラがいる。せめてサクラには食べる時間をあげたい。私たちだって辛いと感じることがある。それなのにサクラにもそれをやらせることはしたくない。
「千歳」
「どうした」
後ろから御空に声を掛けられて振り向くと、手招きされて会場の端に誘導された。
「トモアキに途中でサクラを呼んでもらえるようにお願いしました。他にも助に頼んで、先生たちもサクラと話すときにサクラが食べていなさそうなら食べるように促して欲しいと伝えてもらいました」
私は思わず目を見開いた。サクラを案じているのは私だけではないと目の前に示されて、驚きの後には安堵がやってきた。私が一人で背負わなくて良いと、狭くなっていた視界が開けた気がした。
「ありがとう。私の方でもサクラの様子を見てはおくが、御空たちも頼むな」
「もちろんです。サクラは俺たちで守っていきたいですから」
頼りがいのある笑顔を見せてくれた御空に肩の力が抜けた。私には心強い仲間が、家族がいる。村を守ることもサクラを守ることも、四人でならできる気しかしない。
「千歳くん」
呼ばれた方を見ると、リョウマが手を振っていた。リョウマは昔から大好きなシルバーのシャンメリーを片手に持っていた。口には相変わらずたばこ型のチョコ菓子。その姿を見た御空はツカツカと歩み寄ってチョコ菓子を奪った。
「リョウマ。お菓子を咥えて歩かないっていつも言っていますよね?」
「今日ぐらい良いだろ」
「子どもたちの前ですよ。止めてください」
「はいはい。悪かったよ」
「全くもう」
御空は呆れたような顔をしながらも、嬉しそうに笑っている。御空は昔から誰と仲良くなっても心から笑っている姿を見ることは中々なかった。それがリョウマと仲良くなってからというもの、リョウマの前では気が抜けた顔もするようになったことはよく覚えている。
優等生と不良という珍しい組み合わせだったけど、学生時代のほとんどを二人一緒に過ごしていた。今も連絡をよく取り合っているらしい。
「それじゃあ俺は行きますね。リョウマ、あとでね」
「ああ」
「しばらく頼んだ」
笑みを浮かべて子どもたちの方に向かった御空を見送ってリョウマに向き直る。リョウマが御空を見送る視線の温かさに少し違和感を覚えたけれど、それが何かは分からなかった。私が考えていると、リョウマは私にニヤリと笑った。
「千歳くん、婚約おめでとう。それだけ言いたくてさ」
「ありがとな。リョウマにも迷惑を掛けてすまなかった」
「いえいえ」
口の端を持ち上げたリョウマはまたチョコ菓子を口に咥える。それを見て私は笑ってしまった。
「また御空に言われるぞ」
「ははっ、そうっすね」
リョウマは子どもたちに囲まれる御空を眺めながら、咥えたチョコ菓子を離さない。リョウマの目に複雑な感情が浮かんでいる気がするのに、私にはそれがどういう感情なのか詳しく読み取ることはできない。
けれどそれについて聞いてはいけない気がして、踏み込むことすらできない。また御空の時と同じことを繰り返すのかと思いながらも、私の口は動かなかった。
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