第127話 居場所


 気持ちが晴れないまま儀式が終わった。それぞれの家の代表者が満足気な顔で宴会を行う天幕の方に向かっていくのを、いつもの顔で見ていられたのか少し自信がない。


 けれど私の気持ちがどうであろうと、ここからは寝ずの大仕事が始まる。今日から明日にかけて行われる宴会用におせちや雑煮の準備をしてくれている御空と助、ホナミを始めとした料理ができる子どもたちや教師たちを手伝うためにキッチン前で待機する。料理はできないから本当に手伝いだけだが。


 予定では琥珀とサクラと一緒に天幕の方でみんなを誘導したりグラスや箸を配ったりするはずだった。だけど琥珀に自分がいればどうにかなるからと、こっちの手伝いを言い渡された。


 確かに琥珀ほど誰からも信頼されて、誰でも動かせる人を私は知らない。琥珀がいれば向こうの誘導も、宴会が始まるまで向こうで待っている人たちの相手に困ることもない。


 それにこれが琥珀なりの気遣いだということは分かる。私の気持ちの揺れが琥珀にバレなかったことなんて、出会ったころから一度もなかった。私はずっと琥珀に守られている。それが少し情けなくて、壁に身体を預けた。



「千歳さん」


「サクラ。どうした? 琥珀と一緒にいたんじゃなかったのか?」



 いつの間にか私の背後に立っていたサクラに内心慌てつつ、平静を装って振り返った。サクラは不満げに唇を尖らせながら肩を竦めていた。気持ちが表情に出やすいのは一概に良いこととは言えないかもしれない。けれどサクラの気持ちが手に取るように分かるのは有難い。



「向こうにいると何も手伝わせてもらえないので、こっちに来ました」



 確かに向こうには眷属様に働かせるなんて、という考え方の人も多い。いつも率先してお手伝いをしてくれるサクラには居心地が悪いだろう。それに引き替え、こっちのメンバーはサクラがやりたいことを優先してくれる人が揃っている。



「誰かにこっちに来ることは言ってきたか?」


「一応トオルさんとアズキさんには」


「そうか」



 いつもならサクラの居心地の良い場所にいてもらいたい。サクラが嫌な気持ちにならずに暮らせるならそれが1番良いと思っている。だけど今日は。今日のような村のみんなが集まる日は。



「サクラ、今日は琥珀の手伝いを頼みたい。向こうにいる人たちの話し相手になってやってくれ。琥珀一人では対応しきれないだろうから」



 私が言うと、サクラはすぐにニコリと微笑んでコクリと頷いた。耳としっぽが垂れてしまっていることには気が付かないふりをする。私はずるい。



「頼んだぞ」


「はい」



 返事をしたサクラの右目は光らない。微笑んだままくるりと部屋の方に歩いて行ってしまう。そのしっぽは下がったまま。私は胸の辺りがギュッと雑巾のように絞られたようで唇を噛んで俯いた。


 力を得てから、サクラが私たちの心を読み取ろうとしたことは片手の指で数えられる程度しかない。お稲荷様と約束をしているのか、サクラの意思なのか。分からないけれど、サクラは良くも悪くも素直な子だ。


 自分自身の力で私たちに歩み寄ろうとしてくれていることが分かるから、サクラに全てを伝えていないことも、こうしてサクラの気持ちを優先してあげられないことも苦しくて仕方がない。私は世話係なのにな。



「千歳さん」



 サクラの柔らかい声に顔を上げる。サクラは耳もしっぽも下がったまま。だけど表情は不満や落ち込んだときのものではない。心配や誰かの悲しみを受け取ったときの顔をしている。もしかしなくても、私の心を感じ取ったのだろう。



「ボクは千歳さんのこと、大好きです。琥珀さんのことも、御空さんのことも、助さんのことも。もちろん村のみんなのことも大好きです」



 私はサクラの言葉に頷くことしかできない。何を言えば良いのかも分からないし、何かを言おうとした瞬間にサクラに見せたくない顔をしてしまう気がした。サクラなら知っているかもしれないけれど、これ以上情けない男だと思われたくはない。



「ボクはボクのことを大事にしてくれる人たちのために生きたいです。その覚悟を持って、お稲荷様の眷属になったんです。千歳さんや村の人たちがボクに何を思っていても、ボクはこの村のために生きます。ボクには、それしかないですから」



 サクラの瞳は曇りがない。私とは大違いだ。



「サクラ、ありがとう」



 今の私にはこれしか言えない。もっと伝えるべきことも、伝えたいこともあるのに。だけどサクラがずっと傍にいてくれるなら、今は甘えさせて欲しい。なるべく早く伝えるから。



「それじゃあ、琥珀さんのお手伝いをしてきます」



 ふわりといつもの笑顔で笑ったサクラ。耳もしっぽもご機嫌に揺れて、すっかり元気そうだ。これから心からやりたいと思うことではないことをやる人の顔ではない。


 サクラはくるりと向きを変えて向こうにタタッと駆けていく。サクラは私なんかよりもずっと強い。世話係の私たちが守るなんて、傲慢な考えだったのかもしれない。


 だけど、それでも。私はサクラを守りたい。世話係として、家族として。サクラが疲れてしまったときに帰って来られる場所で、安心できる場所でありたい。私にとって色守荘が、彩葉さんが、琥珀がそうであったように。


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