第125話 束の間の
「サクラ、起きてください」
ボーッと意識が戻ると、御空さんがボクの顔を覗き込んでいた。キョロキョロと辺りを見回せば、ぼんやりと見慣れた景色が見える。そこは社で、お稲荷様の世界から戻ってきたのだと分かった。
「サクラ、もう皆さん集まっていますからね?」
御空さんの言葉にハッとして、ようやく視界がはっきりとしてきた。縁側の向こう側の幕で囲われた場所には村のみんなが席に座っていて、ボクを温かく見つめている。どうにも恥ずかしくて頭も上手く回らない。
「これは、えっと」
「俺たちと数の家の代表者はこれから儀式を行います。それ以外の皆さんにはそれを待つ間、ここでお休みしていただくのです」
儀式は夕方からと言われていたはず。ということはボクはそれなりに長い時間お稲荷様の世界にいたらしい。
「それは、気が付かなくてごめんなさい。実はさっきまでお稲荷様とお話をしていたのです。来年もよろしく、と託かりました」
「そうだったのですね。まさか儀式を前にお稲荷様がサクラをお呼びになったとは思いませんでしたね。呼びに来たら寝ていたので驚きましたよ」
御空さんはまだ少しふらつくボクに手を貸してくれた。立ち上がって、村のみんなに一礼して顔を上げるとみんなからも一礼された。そして向こうの方で小学生の子たちと遊んでいたトオルさんとアズキさん、トモアキさんがパッとボクの前に来てくれた。
「髪を少し整えますね」
「俺は浄衣を!」
「二人とも、よろしくお願いします」
御空さんが一歩引いて、場所をトオルさんとアズキさんに譲る。ボクも二人が相手だと安心できる。大人たちの手前、四人でいる時のようには振る舞いにくい。けれど居心地の良さは変わらない。
前からはアズキさん、後ろからはトオルさんがもぞもぞと手を動かす。擽られているような感覚がくすぐったくて思わず身を捩りそうになるのを必死に耐えていると、縁側の下からボクたちを見ていたトモアキさんがクスクスと肩を震わせて笑った。
「トモアキさん?」
「いや、すみません。サクラさんの百面相が可笑しくて」
そう言いながらも肩を震わせるトモアキさんに、ボクはペタペタと自分の顔に触った。だけどよく分からなくてつい首を傾げると、トオルさんに首を真っ直ぐに直された。
「サクラさん、動かないでください」
「ご、ごめんなさい」
ジッと動くのを我慢しながら、ふと星影たちの様子が気になった。動くなと言われるから目だけを動かして探すけれど見当たらない。
「ニヒヒッ、動くなって言われると動きたくなっちゃいますよね」
アズキさんはボクを見上げていたずらっぽく笑う。ボクがそれに頷くと、またトオルさんに頭の位置を戻された。
「動かないでください。アズキも、分かってて話しかけるな」
「ごめんって。サクラさんもごめんなさい」
「大丈夫ですよ。あの、星影たちは?」
「さっき部屋を出ていきましたよ」
トモアキさんはそう言って杜の方を指差した。危ないところや近づいてはいけない動物については教えているから大丈夫だとは思うけど、日が完全に沈むまでに帰って来なかったら迎えに行かないと。
「儀式は日が沈む前には終わりますからね」
「分かりました」
御空さんがそう言うなら、終わっても戻っていなかったら探しにいけば良いかな。
「はい、できましたよ」
「こっちもオッケーです!」
「サクラさん、可愛らしいですよ」
トオルさんとアズキさんの手がボクから離れる。髪型は見えないけれど、トモアキさんも褒めてくれたし綺麗になっているに違いない。浄衣は着つけてもらったばかりの時と同じくらい綺麗になっている。
「ありがとうございます」
トオルさんとアズキさんは笑って頷いてくれる。トモアキさんも目を細めて笑っていて、三人と一緒にいると凄く楽しくて、嬉しい。
「それではサクラ、行きましょうか」
「はい! みなさん、行ってきます」
みんなに見送られて、御空さんと一緒に儀式を行う御神体が置かれている部屋に向かう。部屋にはもうボク以外が揃っていた。四家の四人が並ぶ列にボクも並ぶ。琥珀さんと千歳さんの間に座って数の家の皆さんと顔を突き合わせると、少し緊張してきた。
一ノ瀬家からはトヨ爺ことトヨカズさんと息子のノリカズさん。二宮家からは村長とチヨさん。三田家からはトモゾウさんとミホコさん。四葉家からはツキコさんとミツフミさん。五代家からはセツコさんとアルヘイさん。六川家からはカズトさんとヒロコさん。
七瀬家からはカズさんとハルさん。八屋家からはタエコさんとキサブロウさん。九重家からはタカコさんと息子のマサさん。十日市家からはサクラコさんとハッサクさん。百田家からはカズキさんとミツヨさん。万田家からはタマコさんとリョウマさんが集まっている。
集まっている人たちの共通点。二十代から九十代と年齢層がバラバラだから分かりにくいけれど、どの家からも年長者の代表が二人ずつ集まっている。
彩葉さんが当主である色守家とその血縁上にある四家、それからそれを囲むように存在する十二の数の家。その関係性については聞いたことがあるけれど、不思議な歴史だった。
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