第122話 思う仲の小諍い


 アルトさんは胡坐をかいて今日のために設営されたスペースを眺めながら自嘲するように笑った。



「うーん、先生って立場なのにこんな相談をして良いのかは悩むんだけど、実は助と少し揉めちゃってね。周りの空気を悪くしないためにも少し時間を置こうと思ってこっちに来たんだ」



 アルトさんは肩を竦める。あの助さんが誰かと揉めるなんて想像がつかなくて、驚いてしまう。特に相手がアルトさんだというところに驚いてしまう。琥珀さんならまだしも。


 ボクの中で、助さんはどこに行っても愛されているイメージだ。特にアルトさんはよく助さんの話に出てくるし、集まりがあると大抵助さんの傍にいる。助さんのことを明らかに大切に思っている人だと思っている。



「どうして揉めてしまったんですか?」


「恥ずかしい話なんだけどね? 助が重い物を持とうとした時によろけているのを見てしまったから、僕が代わるから少し休んだらって声を掛けたんだよ。そうしたら大丈夫って言われてさ。僕もそこで引けば良かったのかもしれないんだけど、突っかかっちゃってね。助も引かなくて空気が悪くなって、ツバキ先生に一旦頭を冷やして来いって言われたんだ。流石に先生が子どもたちの前で喧嘩するのはマズいしね」



 アルトさんは深々とため息を吐く。背中を丸めて俯くと、くしゃりと髪を握り締めた。表情は見えないけれど、苦しそうに見える背中にボクはそっと手を添えた。



「アルトさんは助さんが大切なんですね」


「それは、まあ」



 アルトさんはそう言うと身体を起こした。そして膝に肘をつくと、何かを思い出すようにどこかを見つめた。



「僕は四年前にこの村に来たんだ。教師になって二校目の赴任校でね。小さな村で子どもたちの数も少なくて、一人に嫌われたら村に居場所がなくなるって怖かったんだ。怖くて、子どもたちとの距離感が掴めなくて、正直に言えば孤立してたんだ」



 アルトさんは少し落ち込んだ声でそう言う。けれど表情はそれほど暗くないようだったから、ボクは黙って相槌を打った。



「そんなときに当時いた先生が一人休むことになって、臨時教師として助が来たんだ。助は僕が孤立していることを知っていたみたいで、僕の話を凄く聞きたがってくれた。それからも時々寮に来てくれて、僕の好きなものの話をみんなに広めたり、僕に村のことを教えてくれたりしてね。僕と村の人たちが話をしやすいように取り計らってくれたんだ」



 とても助さんらしい行動だと思う。ボクのことも助さんは村のみんなに話してくれるし、反対にボクにも村のみんなのことを教えてくれる。それもさりげなく話題に出してくれるから、身構えずに話を聞くことができる。


 それに秘密の話は漏らさないし、聞いた話の中から誰に何を話すか、どこまで話すかを凄く考えてくれていると思う。助さんの話を聞いたら、後で本人に聞いてみようと思わされる。そうやって上手くみんなを取り持ってくれている。



「僕は本当に助に感謝しているんだ。助が困っているなら助けたいし、力になりたい。だけど僕は助ほど器用じゃないし頼りないからね。上手く声を掛けてあげられなかったり、そもそも声を掛けてあげられなかったりすることもあるんだ」



 アルトさんは自分の手をジッと見つめる。白くて細くて、だけど大きくて筋のある男らしい手。どんな楽器も弾きこなして、どんな音楽も奏でてしまう魔法の手。そう言って笑っていたのは助さんだった。



「助さんは、今どんな作業をしているんですか?」


「琥珀たちと一緒に机とか祭壇とか、重いものを運んでいたよ。椅子やお皿みたいな軽い物は子どもたちに任せられるけど、重いものは自分たちでやらないとって」


「琥珀さんと千歳さんと御空さん、助さんの四人ですか?」


「いや、僕とトシユキ先生、カホ先生以外の先生たちはみんな参加しているよ。トシユキ先生とカホ先生は数の家の準備があるから参加できないらしいけど、僕は子どもたちの様子を見守っていてくれってさ」



 そういえば数の家の人たちはそれぞれの家から二人ずつ今夜の儀式に参加することになっていると聞いた。ボクのように正装に着替えたり、他にも準備があるらしい。



「子どもたちのことは見ていなくて良いのですか?」


「今はツバキ先生が代わってくれてるから大丈夫。だけど迷惑ばかりかけていられないし、早く戻らないとね」



 アルトさんは苦笑いをしてまた深く息を吐いた。戻らないとと思いながらも戻りにくさを感じているようだ。



「前に助さんからアルトさんの手は魔法の手だと聞きました」


「魔法?」


「詳しくは聞けませんでしたけど、助さんは嬉しそうに話していました」



 アルトさんはもう一度自分の手をジッと見つめる。ボクには助さんがアルトさんに対して思っていることを全て正確に読み取ることはできない。それに誰かに教えられるのではなくて、自分から相手の気持ちに気が付けた方が良いと思った。先生として村の未来を担う子どもたちを導く人なら尚更。



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