第121話 陽だまりの縁側


 社に着くと、久しぶりに来た社はすっかり華やかになっていた。【CloveR】で見た飾りも至る所に飾られている。


 そして村のみんなが集まれるように、縁側がある方の境内に布が張り巡らされてその中にたくさんの机と椅子が置かれている。縁側の隣の部屋の障子が開け放たれて、中と外の境目がなくなっている。


 星影たちはいつもと違う社の様子に驚いたようだったけれど、いつものお昼寝スポットに一目散に駆け出して行った。座布団は片付けられてしまっているから、後で出してあげよう。



「いつの間にこんなに準備を?」


「琥珀さんを中心に、役場の皆さんと冬休みに入った僕たちと学校の先生たちで準備したんですよ」



 トモアキさんはふんわりと微笑むと、ボクを社の中に誘導してくれる。



「毎年そんなに数はないけど結構大変で。だけど今年はサクラさんがいるからってめちゃくちゃ張り切っちゃいました!」


「いつもならサボろうとするアズキや低学年の子たちも頑張ってくれたんですよ」


「いつもだってそんなにはサボってないって!」


「どうだかな」



 歩きながら胸を張ったアズキさんをトオルさんが涼しい顔で揶揄うと、アズキさんはぷくりと頬を膨らませる。アズキさんがちょっと楽しそうに笑っているから、トオルさんも揶揄いながら徐々に右の口角が上がる。



「こらこら。サクラさんの前だからね?」


「すみません」


「ごめんなさい」



 トモアキさんにやんわりと注意された二人は少し肩を竦めて謝った。だけど顔を上げたアズキさんはニヤケを隠しきれていなくて、トオルさんもどこか楽し気だ。そんな二人にトモアキさんは小さくため息を吐く。


 やれやれと優しい目で見つめながら呆れるトモアキさんは、二人を羨ましそうに見ている気がした。この間の助さんとよく似た表情だ。それにボクが初めて二人と会ったときに同じ気持ちになった記憶がある。



「アズキさんとトオルさんは本当に仲良しですね」



 じゃれている二人に聞こえないようにトモアキさんに聞くと、トモアキさんは親のような目で二人を見つめた。



「村で唯一の同級生ともなると、生まれてからずっと一緒ですからね。余程そりが合わないわけじゃなければみんなあんな感じですね」



 それを聞いてなるほどと納得した。琥珀さんと千歳さんも一学年しか変わらないから一緒に育ったと聞いた。一緒に暮らすまではお互いに良い印象がなくて関わりも浅かったらしいけれど、同じ時間を共有してお互いの良さを知ることで今の信頼関係を築いたと聞いた。


 同じ時間を共有することは、それだけでも心の距離を近づけてくれるものなのかもしれない。ボクは彩葉さんが一緒にいてくれたけれど、実験の内容は知らなかった。だからその辛さは他のキツネたちと分かち合っていた。


 ボクは外の世界を知らないからはっきりと言い切ることはできない。だけどきっと一人の人と全てを理解し合える人ばかりではないのではないかと思う。もちろんそんな存在がいることは素敵だし羨ましいけれど。



「さて、僕たちは琥珀さんたちの手伝いに行ってきますから、サクラさんはここで待っていてください」



 縁側の隣の部屋の座布団に座るように促されて、素直に座った。多分ボクは向こうに行ってもあまり手伝えないから。普段ならまだしも、浄衣を汚したり着崩したりしてしまって逆に迷惑を掛けてしまいそうだ。


 トモアキさんたちを見送って、いつもの場所で微睡む星影と餅雪に座布団を差し出す。それから自分の座布団を移動させて星影たちの隣でホッと息を吐いた。



「ニュウ」


「ニェエ」


「うん、良いよ」



 陽向でも元気いっぱいな風月と花丸に催促されて、ボクはいつものようにしっぽを揺らす。しっぽを捕まえようとぴょんぴょん飛び跳ねる風月と花丸を見守りながら、まったりしていた星影と餅雪にも催促されて頭を両手で撫でる。


 ふわふわ、ほかほか。幸せな気持ちでのんびりしていると、誰かが近づいてくる足音がした。そしてスッと襖を開ける音がして振り返ると、アルトさんが立っていた。



「こんにちは」


「こんにちは、サクラ。なんだか大変そうだね」



 アルトさんは動き続けているボクの両手としっぽを見て苦笑いを浮かべる。そしてボクの隣に腰かけるとふぅっと息を吐いた。



「どうかしたんですか?」


「いや、ちょっと休憩にね」



 そう言う表情は何か悩んでいそうで、ボクは星影たちに構っていた手を止めた。星影たちは少し不満げに顔を上げたけれど、チラリとアルトさんを見るとゆっくりと瞬きをした。



「ナァ」



 一鳴きして餅雪たちを近くに集めると、遊び足りない様子の風月と花丸を前足で抱え込んだ。すると二匹ともものの数秒で眠りについてしまった。餅雪も星影に寄り添うように丸まると、星影も寝る体勢に入った。


 星影もボクと同じように感情を読むことができるのかと思うくらいの気遣いだ。それに子どもたちの扱いも上手くて、すっかりお母さんが板についている。



「なんだか、凄いね」


「ふふっ、みんな賢いんですよ」



 アルトさんは目を丸くして星影たちをしげしげと眺めている。ボクはそんなアルトさんに向き直って、背筋を伸ばした。



「アルトさん、お話を聞かせてもらっても良いですか?」



 アルトさんはあまり驚く素振りを見せずに頷いた。驚かなすぎてボクの方が驚いてしまった。



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