第120話 新しいかんざし


 どうして三人がいるのかと驚いて、一瞬固まってしまった。だけど出かけていく前の千歳さんの言葉を思い出して、トモアキさんたちが来てくれることになっていたのかと思い至った。



「寒いから入って良い?」



 どこか楽しそうなアズキさんはドアに手を置くと、ボクを中にグイグイと押してくる。入って良いか聞いてきたのに、入ることに決まっていたかのようだ。少し強引なアズキさんにトモアキさんは苦笑、トオルさんは呆れていた。



「サクラさん、僕たちもおじゃまします」


「サクラさん、すみません。こら、アズキ。靴が揃ってないぞ」


「うっ、ごめん。うっかり忘れちゃった」



 トモアキさんが先にリビングに入って来た後ろで、トオルさんとアズキさんの母娘のような会話が聞こえる。つい笑ってしまうと、トモアキさんもつられたように笑った。


 アズキさんとトオルさんは遅れてリビングに入ってきた。そういえば、アズキさんは何やら見慣れない鞄を持っている。気になって鞄をジッと見つめていると、アズキさんはふふん、と笑って胸を張った。



「サクラさん、ちょっと格好はつかなかったんだけど。これからサクラさんのヘアアレンジをします! トオルが!」



 アズキさんはバッと勢いよく鞄をトオルさんの前に差し出して、綺麗に一礼した。途中まで自分でやるような口ぶりだったから一瞬驚いたけれど、それもそうかと思う。それはトモアキさんたちも同じだったのか、一拍遅れてうん、と頷いた。



「だよね」


「だな」



 二人は絶妙な生暖かい笑顔を浮かべてお互いの顔をチラッと見た。悟りの向こう側を見てきたかのような二人の姿に、ボクはほあ、と声が漏れた。



「ちょ、二人ともそんな顔しないでよ。サクラさんもそこは感心しなくて良いの」



 アズキさんが拗ねたようにむぅっと頬を膨らませると、トモアキさんは小さく笑ってその肩をぽんぽんと叩いた。トオルさんは口元のニヤつきを隠せないままため息を吐いてアズキさんから鞄を受け取った。



「この間とは少し違うアレンジをしますから、楽しみにしていてくださいね」


「トオルさん、ありがとうございます」


「いえ」



 トオルさんははにかむように笑う。すると何かを思い出したように、パッとアズキさんの方を振り返った。アズキさんはキョトンとした顔で首を傾げる。トオルさんは呆れたように笑うとアズキさんの腰に下げられたポーチを指差した。



「アズキ、あれは? 見せてないけど」


「あ! 忘れてた!」



 慌ててポーチを開けたアズキさんは、細長くて四角い箱を取り出した。アズキさんがそっと箱の蓋を開けると、黒い柄に琥珀色の玉がついたかんざしが入っていた。あまりの美しさに目が離せなくなる。



「サクラさん、これはサクラさん専用のかんざしです! トオルのアイデアってところが癪ですけど、べっ甲の玉の中には桜も埋め込まれているんです!」


「おい、癪とはどういう意味だ?」


「僕たち三人でデザインを考えて、キサブロウさんに作ってもらったんですよ」



 トモアキさんの言葉に驚いて顔を上げると、トモアキさんは少し気恥ずかしそうに口元を手で隠していた。アズキさんはトオルさんから逃れたのかトモアキさんに抱き着いたまま無邪気に笑っていて、トオルさんは意外にも優しい目でボクを見つめていた。トオルさんこそ恥ずかしがっていそうだし、アズキさんを呆れた目で睨んでいるかと思ったのだけれど。



「サクラさんが嬉しそうにしてくださって良かったです。このかんざしがよく似合うようにアレンジしますからね」



 余裕ありげに微笑んだトオルさんは、スッとボクの後ろに回った。ボクより何倍も大人びている立ち振る舞い。ボクもお稲荷様の眷属として見習わないといけないな。


 トオルさんがヘアアレンジをしてくれている間、クリスマスの時と同じようにアズキさんとトモアキさんとお話をして過ごした。


 大晦日の話、年越しの話、お正月の話。これから社に行って何をするのかを聞くことができた。事前に琥珀さんたちからも何をするかは聞いていたけれど、トモアキさんたちがそれをどれだけ楽しみにしているのかを聞くことができるとまた違う印象になる。



「今年はサクラさんもいますから、村のみなさんも例年以上に気合いが入っていますよ」


「僕もめちゃくちゃ楽しみです!」


「ボクももっと楽しみになりました」



 【CloveR】で見た曇った表情の村人たちの写真を思い出した。今年の様子だけを見ていると暗い雰囲気はないけれど、ボクも気合いを入れて年越しに臨まなくてはと決意を新たにした。



「はい、できましたよ」



 髪に何かが差された感覚があってすぐ、トオルさんがボクの両肩にトンッと手を置いた。気になってつい触ろうとした両手をトモアキさんに取られた。



「サクラさん、ちょっと待ってくださいね? 崩れてしまいますから」


「これを使ってください」



 トオルさんが出してくれた手鏡を受け取って覗き込む。正面から見ても分かる位置に桜が埋め込まれたべっ甲の玉が見える。後ろがどうなっているのかは分からないけれど、鏡に映るトオルさんの達成感の滲む顔を見たら素敵にしてくれたんだと分かる。



「とても可愛らしいです」


「うんうん! めっちゃ可愛いです! さっすがトオル!」


「当たり前だろ」



 トオルさんは口元を緩ませながらそっぽを向いた。照れているんだな、とほっこりする。



「あ、そろそろ行かないとだね。アズキ、サクラさんの浄衣を軽く直してあげてください」


「え、もうそんな時間?」



 アズキさんにつられて時計を見る。けれど何時までに来るように、なんて言われていなかったことを思い出した。でもトモアキさんたちは言われていたみたいだし、一緒に来るように言われているならトモアキさんたちについて行けば大丈夫だろう。



「サクラさん、ちょっと立ってください」



 アズキさんに言われるがまま動いたり固まったりしていると、あっという間に少し着崩れていた浄衣が直された。多分これで今日の正装が完成したんだと思う。



「とても素敵ですね」


「トオル、アズキ、ありがとう」


「イヒヒッ! あっ、出かける前に四人で写真撮ろ!」



 アズキさんの提案で、ボクを中心に四人で写真を撮った。アズキさんのスマホケースには豆の妖精らしきキャラクターの絵が描かれていたことが気になったけれど、それについて聞く間もなく出かけることになった。



「星影さんたちも連れてくるようにと言われたんですけど、どうやって連れて行きますか?」


「簡単ですから、見ていてください。星影、餅雪、風月、花丸! 出かけるよ!」



 トモアキさんに言われて、星影たちを集めた。星影たちはいつも通りすぐに集まってきて、ボクの足元に整列した。



「今日は社に行くからね。離れちゃダメだよ?」


「ナァ」


「ニィ」


「ニュウ」


「ニェエ」



 全員の返事を聞いてから色守荘を出ると、トモアキさんはポカンと口を開けていた。その後ろでお腹を抱えて笑っているアズキさんと、笑いを堪えようとしているトオルさん。


 一緒にいて、凄く楽しい。


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