第119話 大晦日の朝
お正月の準備を村総出で行って、ついに大晦日を迎えた。眠い目を擦りながら部屋を出ようとしたところを琥珀さんに捕まって、肩に担ぎ上げられた。何が起こっているのか理解できないまま琥珀さんの部屋に連れ込まれて、あれよあれよという間に浄衣に着替えさせられた。
この間【八屋】で受け取った例のサクラ色の浄衣に着替え終わると、琥珀さんに手を引かれてリビングに連れていかれた。そして着崩れしないように、ソファに座ってそこから動かないようにと言われた。
そのときに頷いたのを最後に動きを止めてしばらく。ボーッと窓の外を見ていたら、今に至る。
「ふわぁ」
朝日が心地よくて眠たい。最近はあまりお昼寝していないから夜にぐっすり眠れるけれど、こうも気持ち良いと眠たくはなる。
「ナァ」
「ニィ」
「ニュウ」
「ニェエ」
足下に星影たちが揃って来てくれた。四匹とも陽向が大好きだから、ここで一緒になることは多い。
「おいで」
声を掛けると星影がトンッとボクの膝に乗る。そして一鳴きすると、餅雪がボクのしっぽの中、風月が右隣り、花丸が左隣を陣取るのがいつものこと。
子ネコたちは少しずつ、確実に大きくなった。ボクも意思疎通がある程度できるから、星影と一緒に子ネコたちに色々と教えている最中だ。
トイレの場所や噛んで良い強さ、登って良い場所とダメな場所。春川さんが驚くくらいすぐに覚えてくれた三匹は、ご飯もカリカリしているキャットフードに挑戦中だ。これに関しては御空さんのご飯が良いらしくて嫌そうな顔で食べている。
星影も御空さんのご飯の時の方が良く食べる。ボクも御空さんのご飯は凄く美味しいと思うから、これについてはボクも好き嫌いしないで、とやんわり注意することしかできない。
それから、狩りの仕方も星影と二人で教えている。三匹のお父さんのこともあるから、何を感じたら逃げるべきか、危険なポイントはどこかも教えている。黙って家を出てはいけないという約束も守ってくれるから心配は少ないけれど、やっぱりいつまでも元気でいて欲しいから。
「ナァ……ゴロゴロ……」
「んふふ、だよね。それに綺麗な色でしょ。タエコさんが作ってくれたんだよ」
膝の上の星影が、喉をゴロゴロと鳴らしながらすりすりとすり寄ってくる。浄衣の生地が心地良いらしい。サラサラとした手触りはボクも好きだ。
「サクラ……って、毛だらけだな」
いつもより静かな声。だけど聞き慣れた低い声に振り返ると、千歳さんが苦笑しながらボクを見下ろしていた。千歳緑の袴がよく似合う。それから髪に差された銀のかんざし。
「千歳さん、おはようございます」
「ああ。おはよう。後でコロコロするか」
「ニュウ!」
千歳さんがコロコロと言った瞬間、風月がピンッと耳を立てた。千歳さんを見上げるその目は期待に満ちたようにキラキラと輝いている。
「風月、コロコロするのはボクだよ。また遊ぼうね」
「ニュウ」
しょんぼりしたような、拗ねたような声で鳴いた風月。耳もしっぽもダラッと力なく倒すと、甘えるようにボクの膝の上に頭を乗せた。その瞬間に自分の場所に侵入された星影の猫パンチを食らってすごすごと引き下がった。
星影は風月が元の位置に戻ったことを確認すると、前足をにょーんと伸ばして風月の頭をポンポンと叩いた。風月は嬉しそうにその足に擦り寄ると、満足そうに一鳴きする。それを聞いた星影はサッと足を戻してクワッと大あくび。そのまま微睡む姿勢に戻った。
「一仕事終わった、みたいな動きだな」
「ですね」
星影はまだそうでもないかと思ったけれど、この家に来て時間が経つにつれて人間のような動きが増えた気がする。ボクが彩葉さんや父さんと生活していたことでキツネらしい動きを取ることに慣れていないように、人間らしさに染まってきたのかもしれない。
「御空が用意してくれてある朝食があるから、星影たちと食べておいてくれ。私たちはもう食べ終わっているから心配はいらない。お皿は流しの中の桶に入れておいてくれるか?」
「分かりました」
みんなで一緒に食べられないのかと少し残念に思ったけれど、今日は仕方がないらしい。昨日のうちにそう説明されていた。
「それじゃあ、俺たちは先に社に行って準備しているからな」
「ご飯を食べたらボクも行くんですか?」
「いや。誰か顔を出しに来るはずだから、そいつらと一緒に来てくれ」
「分かりました」
そいつら、ということは一人ではないんだろうか。誰か分からないような言い方をしているのに誰が来るのか知っているかのような、不思議な言い方だな。
リビングを出ていく千歳さんを見送る。玄関まで行きたいけれど、星影と花丸が動く気がないから動けない。
「琥珀! 御空! 助六! 行くぞ!」
その瞬間に響いた色守荘全体が震えるかと思うくらいの大声。耳がキーンとして、思わず耳を塞いだ。
千歳さんの大声が二階にいた琥珀さんたちに聞こえなかったはずもなく、琥珀さんたちがバタバタと下りてきた。
「いってらっしゃい!」
琥珀さんたちを声だけで送り出して、窓から手を振って見送った。
「それじゃあ、ご飯にしようか」
ご飯という言葉に反応してくれた四匹はボクから離れると、床にシュタッと飛び降りた。そわそわしながらボクについて来る四匹に机の上に用意されていたキャットフードを渡すと、一瞬嫌そうな顔をしてから渋々食べ始めた。
朝食と昼食はキャットフード、夕食は御空さんのご飯、というのが最近の決まりになっている。御空さんも忙しいから、ボクたちのご飯も琥珀さんとボク以外で順番に作っているくらいだ。
ボクのご飯も昨日の夕食と同じものを中心に、何故かおかゆが用意されていた。今日は体調が悪いわけじゃないのにな、と不思議に思いながらボクもダイニングテーブルで朝食を食べた。
朝食を食べ終わると、星影たちの分と一緒に自分のお皿も洗った。千歳さんには流しの桶に入れるように言われたけれど、これくらいならボクにもできる。彩葉さんのお手伝いをして覚えたから。
「さて。誰か来るまでは静かにしていようか」
ボクがお皿を洗い終わるまでキッチンの入り口で見守ってくれていた星影たちとソファに戻ろうとしたとき、インターホンが鳴った。
「はぁい! 星影たちはここにいてね」
星影たちにはリビングにいるように伝えて、しっかりとドアを閉めてから玄関に向かった。ガチャッと玄関のドアを開けると、トモアキさんとアズキさん、トオルさんの三人が立っていた。
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