第118話 交友関係
突然倒れてしまったツバキさんをシヨウさんが色守荘の中に担いでいった。その間はボクが火の番をすることになった。ジッと火を見つめながら、さっきのツバキさんの温かい瞳を思い出す。
燻っていた炎が解放されたように揺らめいて、ツバキさんの気持ちが軽くなったことを表していたように見えた。だけどボクはお稲荷様の力を使わなかった。それなのに心が見えたように思えたのは初めてで、少し怖かった。
「サクちゃん!」
ボクの名前を呼びながら満面の笑みで勝手口から顔を出した助さんは、鍋の中を覗き込むと調味料をバシャバシャと豪快に流し込む。大きな醤油のボトルもあっという間に使い切られてしまった。
「あの、ツバキさんは大丈夫ですか?」
助さんが調味料を入れ終わったタイミングで聞くと、助さんは苦笑いを浮かべた。
「大丈夫だよ。ツバキさんが血を見て倒れるのはいつものことだしね」
「血が苦手なんですか?」
「そうみたい。特に何かあったわけではないらしいんだけど、昔からとにかく苦手なんだって」
確かにボクも血は見ていて気分が良いものではない。兄弟たちの怪我を思い出すから苦手。だけどツバキさんは倒れてしまうくらいだから、もっと苦手なのだろう。
「それ、シヨウさんは知っているんですか?」
「シヨウ? もちろん知っているよ。村の人ならほとんどの人は知ってると思うし。怪我をしてもツバキ先生には見せるなって子どもたちにも言い含めてるからね。だけどシヨウって基本ノリとテンションで生きてるからさ。面白いことを共有したくなって、自分が怪我するとそんなことすっかり忘れてツバキに見せちゃうんだよ」
目の前のことに集中してしまって他のことに意識が向かなくなってしまうことはボクにもある。シヨウさんはそれが楽しいことなのだろうな。
「毎回反省はするんだけど、次の時には忘れちゃって。毎回半泣きでツバキさんに謝るんだよね。ツバキさんも最初はわざとやられてるのかと思ったらしいけど、シヨウはそんな子じゃないっていの一番に庇ってさ。あの二人は本当に仲が良いんだよ」
助さんはそう言いながらぐるぐると鍋の中身をかき混ぜる。その横顔が少し羨ましそうに見えた。
「助さんたちは村の皆さんと仲が良いですけど、特に仲が良い人っているんですか?」
ただ気になったというよりは、助さんの気持ちが知りたいと思った。助さんは少し驚いた顔でボクの方を振り返ると、諦めたような恥ずかしいような様子で両手を挙げた。
「降参。サクちゃんにはお見通しだなぁ」
助さんの言っている意味は分からないけれど、助さんがそのことで悩んでいることは分かった。ジッと見つめていると、大きな木べらを置いた助さんがレジャーシートに腰かけて隣をトントンと叩いた。
ボクが素直に隣に座ると、助さんは後ろに手をついて空を見上げた。つられてボクも空を見上げたら、薄い雲が浮かんでいた。
「えっとね、琥珀が一番仲が良いのはクロトくんだね。知ってるとは思うけど、大学の同級生でその頃からずっとお互いを信頼し合ってるように見える」
そういえば前にそんな話を聞いた。クロトさんは助さんとも仲が良い印象があるけれど、琥珀さんに対しては遠慮がない。それに口調も砕けていた。
「千歳はホナミ、は恋人だし除外した方が良いよね。そうすると【九重薬局】のソウタくんとガクくんかな。千歳だけ学年は一つ上なんだけど、三人とも大人びてるから話が合うみたいでよく一緒にいるところは見るよ」
ソウタさんとガクさんは助さんとよく話をしてるイメージがあるけれど、千歳さんが二人に会いに行くことも多い。千歳さんも前に悩むと二人に会いたくなると教えてくれたことがある。
「僕がソウタくんとガクくんと話すようになったのも、千歳が仲が良かったからなんだよ。僕の大学受験のときに勉強を見てもらったんだけど、それを頼んでくれたのは千歳だったから」
「そうだったんですか?」
「そう。当時の僕は教えてって言えなくて、だけど勉強も行き詰まってて。ソウタくんとガクくんもそれに気が付いてくれてたみたいだけど、声は掛けにくかったんだと思う。千歳が間を取り持ってくれたんだ」
この村は本当に優しさに溢れている。一番仲が良い、なんてことを考えなければみんな仲が良いと結論を出しても良いくらいだ。みんなで支え合って来たことがよく分かる話ばかり聞くことができる。
「御空が一番仲が良いのは、これは絶対リョウマくんだね」
「リョウマさんですか?」
なんだか意外だ。リョウマさんと御空さんでは真逆なイメージだったから。
「リョウマくんと御空は気を遣ってばっかりだからね。そこで馬が合ったのか、優等生と不良なのに学生時代はしょっちゅう一緒にいたんだよね。図書館で御空が本を読んでいる横でリョウマくんが寝てるとかよくあったよ」
今のリョウマさんからは図書館で寝ている姿は想像しずらい。だけど時々見え隠れしている粗暴なところを思えば納得がいかないこともない。
「リョウマが街で喧嘩して帰ってくると御空が雷落としたりね。本当に面白い二人だよ。でもリョウマくんも悪い人じゃないから僕のこともずっと気に掛けてくれてたし、千歳ともなんだかんだ仲が良いんだよね」
「琥珀さんは?」
「琥珀のことはよく揶揄ってる、かな」
助さんはニッと笑った。この村で琥珀さんを揶揄わない人の方が珍しい気がする。それだけ琥珀さんが愛されていると言うことだろうけど。
「みんなには特別に仲が良い人がいるけど、ボクはいないんだよね」
「そうなんですか?」
「そう。だからちょっと、みんなが羨ましいかな」
助さんは眉を下げて自嘲気味に笑った。誰とでも仲良くできる助さんは、ボクが見ている以上に人間関係とかそこにある気持ちが見えているんだと思う。それで不安になっているのかもしれない。
だけど、助さんを特別に思って大切にしている人がいることをボクは知っている。それが助さんに伝わると良いな。
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