第116話 筑前煮のお手伝い


 助さんは何かを焼きながらたくさんの野菜を切っていたようで、作業台にはまた大きなボールがたくさん積み上げるように置かれていた。



「野菜をたくさん切ったは良いんだけど、手狭になってきちゃって。ローテーブルの方に移動させてもらっても良い?」


「分かりました」



 助さんが運んで欲しいと言ったものを順番にローテーブルの方に運んでいく。横に並べるように広げていくと、ギリギリだったけど全てのボールを置くことができた。



「ありがとう。助かったよ」



 助さんはそう言いながら次々と野菜を切っていく。ダダダッと切られた野菜は弧を描いて隣に置かれたボールにそのまま放り込まれていく。流石の凄技だ。



「これもお願い」


「はい! あ、でもローテーブルはいっぱいになっちゃいました」


「え、もう? うーん、筑前煮だけ作っちゃおうかな。サクちゃん、インゲンマメが入ってる一番大きいボールを取ってくれる?」



 助さんに言われてローテーブルの方に行くと、一番大きなボールにインゲンマメやニンジン、レンコンなんかが山のように入っていた。さっき運んだときも物凄く重たかったやつだ。



「よっこいしょ」



 慎重に持ち上げたボールを両手で持ってキッチンに向かうと、助さんはそれを片手で受け取って軽々と運んだ。そしてボールをひっくり返して中身をごろごろと鍋に流し込んでいく。だけど鍋もいつも見るやつの何倍も大きくて、コンロに収まり切っていない。



「これ、どうするんですか?」


「ん? 裏で煮込むんだよ」


「裏?」



 ボクがキョトンとしているのを見た助さんは悪戯っぽくニッと笑って、鍋を片手に持ってボクを手招きした。連れられるままに助さんについて行くと、色守荘の裏の流し場の横に焚き火が用意されていた。



「これは、えっと?」


「これは僕がさっき起こしておいたの。毎年一気に作りたい煮物はここで煮込んじゃうんだよね」


「そうなんですか」


「火の番をシヨウに頼んでたんだけど……いないな」



 冬木紫陽さんは今年村に来てくれた小学校の先生だ。助さんはよく小学校の手伝いにも行くからそこで仲良くなったらしい。


 シヨウさんは元気な人だ。助さんといるとテンションが合って居心地が良いと教えてくれた。助さんもシヨウさんといることが楽しいらしくて、



「あんな感じだけど真面目な奴だし、何かよんどころない事情があったんだろうね」


「よんどころ?」


「まあ、どうしようもないとか、そんな感じかな」


「なるほど」


「だけど火の放置は危ないな」



 助さんがそう呟いた瞬間、助さんの後ろの茂みがガサゴソと揺れた。ボクは慌てて威嚇の体勢を取る。けれど茂みから出てきたのは見知った顔だった。



「バーン!」


「ツバキさん!」



 飛び出してきたのは夏井椿さん。シヨウさんと同じく小学校の先生で、今年で三十路なはずなのにいつまで経っても子どもっぽい悪戯が好きな人、らしい。


 子どもたちからの人気は高いけれど、ボクはちょっぴり苦手。リョウマさんと同じように探るような目をしてくるから怖い。それに腹の底が読み切れない人だと思う。だけどその分いつも冷静に周りを見ている人でもあると思うから、信用できる人だとも思っている。



「もう、びっくりしたじゃないですか」


「ふふっ、ごめんごめん。あ、そうそう。冬木くんなんだけど、ちょっと社の方に呼ばれて行っちゃったから僕が代打してるの」


「そうなんですね。伝言ありがとうございます。それじゃあ、これから筑前煮を作るので、火の番のついでに調理もお願いしますね」


「はーい。あ、サクラくんとお話しても良い? 冬木くんが帰って来るまで一人だと暇だし」



 ツバキさんは何か探るような目でボクを見てくる。助さんはそれに気が付いているのかどうなのか分からないけれど、ボクの意思を尊重するように静かにボクを見つめてくる。



「ボクもゆっくりお話したいです」


「分かった。それじゃあツバキさん、サクちゃんのことお願いしますね?」


「はーい。ありがと」



 ツバキさんはゆったりと手を振って助さんを見送った。



「さてと。それじゃあ筑前煮がぐつぐつしてくるまでお話しようか」


「はい」



 ツバキさんに促されるままにレジャーシートに腰を下ろした。ボクの隣に座ったツバキさんは、火の音を楽しむように薄く目を細めると、そのうちにふふっっと笑った。



「僕はあまり料理が得意ではないんだよね。理科と違って少々とかお好みで、とかあるでしょう? あれが苦手なんだよね」


「そうなんですね」



 そういえばツバキさんは理科の先生だった。腰ほどまで伸びた艶のある長い髪を一括りにして、白衣のポケットに常に虫眼鏡を差していると聞いている。ポケットの虫眼鏡は探偵の必需品らしいけど、よく分からない。


 それはそれとして。料理が苦手な理由は人それぞれなんだな。



「サクラくんは料理は好き?」


「えっと、好きか嫌いかで言えば、好きです。でも得意ではないです。さっきも失敗して御空さんに迷惑を掛けてしまいました」


「そっか。だけど好きなら、諦めずに続けていったら得意になれるかもね。嫌いなことは続かないけど、好きなら諦めないことができるから」



 そう話すツバキさんの目は火を見ているようでどこか遠くを見ていた。後悔しているような悲し気な表情に見えて、ボクまで悲しくなる。



「ツバキさんは何が好きですか?」


「僕? 僕は理科が好きだよ」



 ツバキさんはそう言いながら穏やかにふふっと笑った。けれどその表情が無理をしているときの御空さんの表情と重なった。


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