第114話 卵を割ろう


 色守荘に帰ると、御空さんと助さんと一緒におせちづくりを開始した。何か食べてしまってはいけないから、星影たちは琥珀さんが社の方に連れて行った。トヨ爺とも仲良くやれていると良いな。


 ボクはお手伝いとはいえ火傷をしてはいけないからとキッチンではなくてリビングからお手伝い。御空さんがダイニングテーブルにすり鉢と山盛りのはんぺんとたくさんの卵、それから黄ばんだ液体が二つと細かいネコ砂のようなつぶつぶ。ボクはこれをどうしたら良いのだろう。



「サクラははんぺんを少しずつすり潰して、すり潰したらこちらのボールに入れてください」



 御空さんが指さしたのは、中でボクが寝れそうなくらい大きなボール。こんなにたくさんなのかと驚くけれど、目の前に積み上げられている材料が全部入ったらこれくらいかと納得する。



「はんぺんを全部すり潰し終わったら、ここに卵を入れてよく混ぜてください。色が全体的に同じになって、とろとろの液体ができたら、ここに用意してあるはちみつとみりん、出汁を入れてください」



 御空さんに言われた順番の通りに材料を指差すと、御空さんは頷いて頭をポンポンと撫でてくれた。



「全て入れ終わったら焼き始めるので、声を掛けてください。もちろん、分からないことがあったときも聞いてくださいね?」


「はい!」



 よし、と笑ってキッチンに戻って行く御空さんを見送ってからボクははんぺんの袋を一つ開けてみた。すり鉢に入れてみたら、まだ入りそう。あと二袋開けてすり鉢に入れてから、すり棒というちょっと太くてなめらかに削られた木の棒でぐちゃぐちゃにする。


 ねちょねちょ、ぺちゃぺちゃという音は聞いていて楽しいし、軽くてふわふわしたはんぺんを潰すときの感覚も気持ち良い。なんだか面白くてわくわくする。


 はんぺんをぐちゃぐちゃに潰したり引っ張って伸ばすみたいにしたり。はんぺんが跡形もなくなってきたところで、一度キッチンの方にすり鉢を見せに行った。



「御空さん、これくらいで良いですか?」


「これは凄いですね。俺もここまで綺麗にすり潰せませんよ。この調子で頑張ってください」


「はい!」



 これくらいで良いんだと分かればもう大丈夫。ダイニングテーブルの方に戻ってすり潰したはんぺんをすり鉢からボールに移す。それからまたはんぺんを三袋開けてすり鉢に入れて、のっぺりするまでぐりぐりする。


 それを何度も繰り返して、途中から開ける袋の数を四袋に増やした。前に積まれていたはんぺんがどんどんなくなって、ボールの中になめらかなはんぺんが山盛りになった。



「ここに、卵を割って入れる」



 卵の割り方は分かる。彩葉さんが割っているところをよく見ていたし、割り方も教えてもらって何度かやったことがある。


 コンコン、パカッ


 卵に縦にヒビが入った。横に割れるイメージがあったんだけど、物によって違うのかな。ヒビに沿って縦に割ると、なんだか割りにくかったけれど卵はちゃんとボールに落っこちた。これでよし。


 次の卵を持って、今度は横に割れるように慎重に机の角に卵をぶつける。


 コン、コン、コンコン、コン


 力が弱かったのか全然ヒビが入らなかったけれど最後に入ったヒビに合わせて親指を差し込んでみる。なかなか入らない。だけどもう一度叩いたら床に中身が落ちてしまいそう。


 なんて思っていたら、指が上手く殻の下に滑り込んだ。そーっとそこから奥に指を滑り込ませると、殻の下から膜が現れた。


 なんだろうと思ってツンツンと膜をつつくと、中に黄色いものが見えた。膜にググっと力を籠めると、脆いけれど固い膜がプチッと破れて、中から透明な白身が垂れて来た。慌てて卵をボールの上に持って行って、破れたそこから少しずつ穴を広げて黄身も白身もどうにか取り出すことができた。



「ふぅ」



 なかなか手強かったけれど、頑張れた。


 次の卵はもう少し力を入れてみる。


 コン、コン、コン



「よし」



 上手く横向きにヒビが入った。あとはこのヒビに沿って割れるように指を差すだけ。あてがった親指でそっとヒビを押すと、パキッと音がして卵が割れた。


 けれど卵は細い頭の方が半分欠けただけ。欠けたところから黄身も白身もするんと抜け出してくれたけれど、これで良かったのかは怪しい。



「むぬぬ……」



 卵を割るのは思っていたより難しい。だけど殻が入らなくて、白身と黄身がちゃんと出てきてくれればお料理は完成するはず。卵はまだまだ山のようにあるんだから、いつかは彩葉さんみたいに横向きに割れるはず。


 そう意気込んでどんどん卵を割っていったけれど、なかなか横向きには割れてくれない。大体縦向き、五回に一回より多いペースで頭が欠けて、本当に時々膜が残ってそれを破った。


 これはもしかして、卵は縦に割るものだったのかもしれない。


 そう思えばここまで横向きに割れない理由にも納得できる。そもそもそうやって割りにくいものなのに、毎回横向きに割っていた彩葉さんは凄い人だ。



「サクちゃん、どんな感じ?」



 自分の作業が一段落したのか、お茶の入ったコップを持ってキッチンから出て来た助さんがボクの反対からボールを覗き込んだ。



「凄いね、一個も黄味が割れてない!」


「はい! 頑張りました!」



 助さんはニコニコしながらボールを見てふんふんと頷いた。けれどボクが割ったあとに残った卵の殻の山を見ると口をあんぐりと開けた。



「サクちゃん、なんで卵が縦に割れたり欠けたりしてるの?」


「たまに膜だけ残ったりもしますよ」



 たまたま今割った卵も膜が残ってしまったからそれを助さんに見せると、助さんは目を丸くしてそれをジッと見る。そのまま固まってしまったかと思ったら、助さんは急に吹き出してケラケラと笑い始めた。



「サクちゃんは器用だね!」



 笑いながらそう言った助さんは本当に楽しそうで、どうして笑っているのかは分からないけれど嬉しくなった。



「全部割ったら、混ぜるのも頑張ってね」


「はい!」


「それじゃ、僕も頑張ってくるかな」



 ニコニコと笑いながらもうキッチンに戻って行った助さんを見送って、ボクもまだまだ残っている卵を見て気合いを入れた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る