第110話 正月飾り


 【CloveR】の店先は前回来たときと大分様相が異なっている。前は色とりどりの花で彩られていたのに、竹や松、梅、菊の花が多い。シクラメンやシンビジウムもあるけれど、端の方に追いやられてしまっている。



「いらっしゃいませ、サクラさん、御空さん」


「アオイさん、こんにちは。クロトくんはいますか?」


「兄は今、琥珀さんのお手伝いに行っています。確か、ご注文の品のお受取ですよね?」


「はい」


「かしこまりました。それでは、すぐにご用意いたします。店内をご覧になってお待ちください」



 アオイさんはいつもより大人びた微笑みを浮かべて店の裏に行ってしまった。なんだか他の人を見ている気分だけど、アオイさんはお店ではお店の人らしくするようにしているのかもしれない。


 それならボクは、どうしよう。普通にはしていない方が良いのだろうか。あまり馴れ馴れしくならないように、お客さんらしくしようか。だけど、お客さんらしいって何だろう。


 悶々と考え込んでいると、御空さんの手がボクの髪をサラリと撫でた。その手の温かさに顔を上げると、御空さんは楽しそうに笑っていた。



「サクラ、そんなに難しく考えなくて大丈夫ですよ。いつも通り、リラックスしてください」


「で、でも」


「サクラが緊張していたら、アオイさんももっと緊張してしまうと思いますから。ね?」



 そう言われると、あまり考えなくて良いかと思えた。アオイさんのためになることが普段通りのボクでいることなら、ボクはそうするだけ。村の人が幸せに暮らせるように、できることをやらないと。



「お待たせしました。門松が六つと、輪飾りが五つ、ごぼうしめが一つ、大根しめが一つで間違いありませんか?」



 アオイさんは小さな段ボールを二つ持ってきた。アオイさんも一気に持ってきたし、これはだいぶ軽そう。琥珀さんが安堵する顔が思い浮かぶ。



「はい、間違いありません」


「作ったまま裏に置いてある門松と大根しめの搬入の段取りはどうしますか? 兄の車には乗らないですよね?」


「そこは軽トラックを使うので大丈夫です。トヨ爺と村長の許可も取ってありますから」



 大きな車に乗らなくて軽トラックで運ばなければいけないものだなんて、どれくらい大きいのだろう。そもそも、これで全部ではなかったのだろうか。話について行けないボクを置いて行ったまま、お支払いも何もかもが完了してしまった。



「そうです。アオイさん、サクラに門松と大根しめを見せてあげたいのですが、良いでしょうか?」


「はい、ぜひご覧ください。サクラさん、こちらにどうぞ」



 アオイさんに手招かれて、御空さんに背中を押されながらボクは店舗の裏の倉庫スペースに案内された。入ってすぐのところにはボクの身長よりも少し小さいくらいの竹が立てられた植木鉢が置かれていた。竹の周りには梅や松が刺さっている。



「これは門松です」


「これが、門松」



 アオイさんが教えてくれたことを繰り返す。松と言うのに竹の方が目を引くのが不思議だ。



「色守荘と色守稲荷の玄関先と、色守稲荷の鳥居の前に毎年置いているんですよ。ちょうどあんな風に」



 御空さんはそう言うと、すぐ傍の棚に飾られていた一枚の写真を指さした。


 写真には村のみんなが写っている。けれどどこか今のみんなとは違って、暗い空気を纏っているように見える。



「なんだか、お葬式の写真みたいですね」


「ああ、去年はサクラが来る前でしたからね。俺たちの力不足もあって村の人口は年々減っていましたし、今ほど活気もなかったんです。みんなで集まってもどこか空元気で」


「サクラさんって、凄いんですね」


「そうですね。サクラがお稲荷様の眷属になってくれて、サクラが村を守ってくれると皆さん安心したんですよ。だから今は、サクラが村を出ていきたいと思わないようにと頑張っているんですよ」



 ボクは村を出たら死んでしまう。それを村の人たちには伝えていない。ボクがお稲荷様から授かった力のことも話していない。最初に秘密にするように言われたときはよく分かっていなかったけれど、今はその理由がなんとなく分かる気がする。



「サクラさん、こっちが大根しめです」



 つい写真に意識が集中していたけれど、アオイさんの声にハッとした。アオイさんの方を振り向いた瞬間、ボクは衝撃のあまり動けなくなった。



「な、なんですか、これは!」



 あまりにも太い草の束。ボクが両腕を広げたって手が届かないくらいには太そうだ。



「これは社に飾っているんです。一年中つけているので、今もついていますよ?」



 確かに社に同じものがある。あるけれど、あれが目の前で見るとこんなに大きいとは思わなかった。



「これでも細い方ですよ。太いものはもっと太いですから」



 アオイさんの言葉にボクは絶句するしかない。これより太いものを吊るすなんて、社が壊れてしまいそうだ。



「これだけ大きいものですから、軽トラックで運ぶほかないんですよ」



 確かにあの大きな車でも運べないはずだ。だけど、軽トラックの荷台にも乗るのだろうか。


 考え込んでいると、どこかから車をバックする音とアクセルを踏む音が聞えた。二台立て続けにお店の裏に停まったのが分かる。



「車が来ましたね」


「おそらく村長たちでしょうね。今日運び入れてもらえるようにお願いしていましたから」


「では、村長さんたちの対応は私の方で承りますね。御空さんとサクラさんはまだお買い物の続きでしょうから、行ってきてください」


「アオイさん、ありがとうございます。では、お願いしますね」



 御空さんはボクの背中を押しながらそそくさとお店の方に戻って行く。



「御空さん?」


「今村長たちに捕まると長くなりますから。ここはアオイさんに甘えましょう」



 少し焦った様子の御空さんはそのまま【CloveR】を出て、最後の目的地、【八屋】の暖簾を潜った。



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