第108話 サクラの迷い


 ショーケースの上にどーんと乗せられた段ボールたち。



「全部で198755円だからまとめ買い割引きで19万円にしておこうか」


「ありがとうございます」



 御空さんはお財布からお札の束を渡した。あっちは大丈夫そう。だけどこっちはダメそう。


 琥珀さんは段ボールをいくつかまとめて持ち上げようとして、それがピクリとも動かないことが分かった瞬間に豪快に笑い始めた。



「サブロウさん、これ何キロあるんですか?」


「うーん。四十キロは超えてるかな?」


「あははっ」



 琥珀さんももう笑うしかないらしい。顔が引き攣っている。とはいえ琥珀さんが持ち上げられないものをボクと御空さんでどうにかできるわけもない。


 ボクの不安が顔に出てしまったのか、琥珀さんはボクを見てふわっと笑った。そしてぽふぽふとボクの頭を撫でると、ふらりとどこかに行ってしまった。



「大丈夫ですよ。多分車の手配ですから」


「なるほど」



 手配がどうやってやるのかは分からないけれど、琥珀さんならどうにかなる気がする。ボクは琥珀さんほどみんなに愛されている人を知らないから。



「サクラ、これは琥珀に任せて次に行きましょう」


「良いんですか?」


「大丈夫だよ。これはとりあえず台車に乗せて店の端に置いておくから。琥珀が戻ってきたらどうするか聞くね。2人は他にも行くところが多いんだから。行ってらっしゃい」



 サブロウさんに見送られて次の目的地、【十日市】へ向かった。ここでもさらに買い物をすると考えると、琥珀さんも大変だろう。車も1台に乗り切るのか。分からないけれど、不安にはなる。



「大丈夫ですよ、サクラ」



 御空さんはボクの顔を覗き込むと柔らかく微笑んでくれた。御空さんが大丈夫だと言うなら大丈夫か。ボクは御空さんと一緒に【十日市】の入り口を潜った。



「こんにちは」


「こんにちは。あら、御空、サクラさん」



 お店の裏から顔を覗かせてくれたのはサクラコさんだった。いつもいるわけではないのに、今日はどうしたんだろう。



「ちょっと待っててね。ハッサク! 御空とサクラさん来たよ!」



 サクラコさんは店の裏にハッサクさんを呼びに行った。すると御空さんが一歩ボクの方に近づいて屈み込んだ。



「サクラコさんはこのお店と実家である【Bar Bar Cat Man】の経理、つまりはお金の管理を担当しています。だから時々お店の方にも来ているんですよ」


「なるほど」



 御空さんはボクの疑問を的確に解決してくれた。琥珀さんも御空さんも、どうしてボクの考えていることが分かるんだろう。ボクみたいにお稲荷様の力を持っていないのに。


 相手のことを本当に考えるということは、そういうことなのかもしれない。ボクはまだまだ、村のことを考え切れていないんだと、少し落ち込んだ。



「お待たせ。御空、サクラさん。よく来たね。いつも通り注文してくれたものは用意できてるけど、これを他の店のものと一緒に2人で運ぶなんて無茶だぞ?」


「大丈夫です。琥珀も一緒に来てますから」


「そっか。それなら大丈夫だな」



 ボクはポカンとしているけれど、御空さんもハッサクさんも当たり前のような顔をしている。もしかして、ボクが知らない琥珀さんの秘策があるのかもしれない。


 ボクがぽかんとしている間に、また目の前にどんどん段ボールが積まれていく。御空さんはまたお札の束を渡してお会計をした。琥珀さんはこれをまた運んでいくのだろう。また遠い目をして引き攣った顔をしている琥珀さんが思い浮かぶ。


 だけど琥珀さんなら大丈夫だと御空さんも村のみんなも思っているのなら、大丈夫だろう。また少し落ち込む。ボクだけ知らない。ボクはもっとみんなのことを知りたい。そうしたらもっと、村のためになることができるのに。



「サクラ? どうしましたか?」


「え? えっと、おせちってこんなにたくさんの材料が必要なんだなって、改めて驚いてしまって」


「村全員分ですからね。これをみんなで調理して、みんなで新年を迎えるんですよ」



 ボクは上手く誤魔化せたとホッとする。対して御空さんは楽しそうに、多分去年までのことを思い出しながら材料の山を見る。


 ふと、ボクもこうやって誤魔化しているから村のみんなのことも分からないのではないかと思った。だけどこれを言っても、きっと御空さんはそんなことないと言ってくれるだろう。


 御空さんはボクの気持ちにすぐに気が付いてしまう。だけど言えない。ボクがみんなのことを知り尽くせないのは、ボクがみんなのことを真っ直ぐに見れていないからだ。ボクのせいだって分かっているから。御空さんに気を遣わせたくない。


 零れそうになった涙をグッと堪えて、ふと思う。


 どうして、ボクは今、こんなに気弱になっているんだろう。悪い方に、悪い方に考えているんだろう。


 もっとみんなのことが知りたいだけなのに。なんで、こんなに苦しいんだろう。



「サクラ?」



 御空さんはボクの顔を覗き込んで不思議そうな顔をしている。ボクはこてりと首を傾げて返した。



「えっと?」


「もうお買い物は終わったので、次に行きますよ? 次は【糸場の酒場】で飲み物を買います」


「また重そうですね」


「ふふっ、もちろん重たいですよ」



 御空さんは悪戯っぽく笑うと、また買ったものは持たずに【十日市】を出た。そして斜め向かいにある【糸場の酒場】に向かう。ボクはまた、その背中を追いかけた。


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