第107話 年越し準備の商店街
side紺野サクラ
クリスマスが過ぎるとあっという間に年末年始。ボクは寒空の下、御空さんと琥珀さんと一緒に商店街まで買い出しに来た。
ボクは研究所にいた頃からこの季節が楽しみだった。だから吉津音村でみんなと一緒にこの季節を過ごせることに大喜びしていた。
「御空さん! 年末はおうどんで、年始はお雑煮ですよね!」
「えっと……?」
ボクがワクワクしながら御空さんに聞くと、御空さんは首を傾げた。ボクの認識には何か違うところがあったらしい。そのままこれから行くと言っていた買い出しに連れ出された。言わずもがな琥珀さんは荷物持ちだ。
「御空、今日はどこに行く?」
「今日は【黒川精肉店】と【青魚と魚心】、【十日市】、【糸場の酒場】で食材を買います。それから【CloveR】でお花を買って、【八屋】で預けていた正月用の衣装を受け取ります」
「盛りだくさんですね!」
「サクラは行ったことがないお店も多いでしょうから、楽しみにしていてくださいね」
御空さんがにこやかに笑う横で、琥珀さんはどれだけの荷物を持って帰らなければいけないのかと、遠い目をしている。対照的な二人を見て可笑しくなりながら歩いていると、あっという間に商店街についた。
前に助さんと来たときとは逆から入ると、すぐに【黒川精肉店】と【青魚と魚心】があった。ボクがキョロキョロしていると、御空さんは先に【黒川精肉店】に向かう。ボクは御空さんの後ろをひょこひょことついて行った。
「こんにちは」
御空さんが店の奥に声を掛けると、ガタイの良いおじさん、店主の黒川牛男さんが顔をにゅっと覗かせた。そしてボクたちの顔をジロッと見回すとニッと笑った。
「おう、御空。今日はサクラさんと荷物持ちも一緒か?」
「ウシオさん、勝手に改名しないでください」
「はっはっはっ、わりぃわりぃ。んで? 今年も牛と鶏かい?」
「はい。今年は百五人分でお願いします」
「あいよ!」
毎年のことだからか、ウシオさんは既に用意を済ませてくれていたらしい。大きな箱をドンッとショーケースの上に置いた。
「鶏は十六キロ用意しといたから! 牛は三キロな。五万円のとこ、まとめ買いしてくれたから四万五千円にしとくわ」
「ありがとうございます」
御空さんがお金を支払って、琥珀さんが箱を持つ。これからまだまだ回るのに、大丈夫だろうか。
「それと。おまけでコロッケ三個な。帰る前に食っちまえ」
ウシオさんはホックホクの揚げたてコロッケを三つボクたちに差し出した。琥珀さんは悩んで、片手で箱を持ち直して空いた手で受け取った。随分重そうなのに片手で持てるんだな。
「うちのはうめぇからな。一度はサクラさんにも揚げたてを食わせたかったんだよ」
ウシオさんはしたり顔でニヤニヤ笑う。御空さんが笑顔で頷いてくれたから恐る恐るかぶりつく。すると温かい衣の中から熱すぎないお肉とジャガイモの甘い味が口の中に広がった。
口を離しても中から溢れ出す湯気とお肉とジャガイモの美味しい香りが溢れ出てくる。なんだか勿体なくてまたかぶりつくと、やっぱりお肉とジャガイモの味がして美味しい。
「美味いか?」
ウシオさんに聞かれるけれど、湯気すら逃したくない。口を開けたら美味しいものが溢れ出てしまいそうで勿体ない。何度もコクコクと頷いて返事をすると、ウシオさんは嬉しそうにガハハッと笑った。
「ウシオさんのコロッケはどこに出しても負けないくらい美味いからな」
琥珀さんがそう言いながら片手で持ったコロッケにかぶりつくと、ウシオさんはまたガハハッと笑った。
「またお前は調子の良いことを言うなぁ。もう奢ってやらんぞ?」
「素直に受け取ってくださいよ」
琥珀さんはハハッと笑い飛ばすと、本当に美味しそうにコロッケを食べる。ボクはといえば、コロッケの外袋をポケッと見つめる。どうしてもうないんだろうと不思議に思う。美味しすぎてついパクパク食べてしまったからなんだけど。
とんでもない喪失感に襲われる。どうしよう。まだまだ食べたい。揚げたての、ホックホクのお肉とジャガイモのコロッケ。
「サクラさん、また食べにおいで」
「はい。また絶対に来ます!」
考えていたことが顔に出てしまったのかな。またガハハッと笑ったウシオさんはニッと笑ってくれた。ボクがコクコク頷くとウシオさんは嬉しそうに、照れ臭そうに笑ってくれた。
そんなウシオさんに見送られて今度は向かいの【青魚と魚心】に向かった。ボクたちの声が聞えていたのか、店主のサブロウさんと奥さんのホトコさんが店先に出てきてくれていた。
「こんにちは!」
「はい、こんにちは、サクラさん。御空も琥珀も。待ってたよ」
サブロウさんは穏やかな人だ。おばあさんのトシコさんほどの力強さはないけれど、ボクは物腰柔らかいところが好きだ。特に【シルクロード】のワタルさんとサブロウさんが話しているのを聞くとほっこりする。
「数の子とごまめとかまぼことはんぺん、それからタコとエビと鯛、昆布で合ってるかな?」
「はい。お願いします」
「ちょっと待っててね。ホトコさん、はんぺんとかまぼこと昆布の箱持ってきてくれるかな」
「はい。分かりました」
九歳も年の差のある夫婦だけど、とても穏やかな夫婦だ。いつもゆったりと話をしていて、ふわふわしている。
パタパタと動き回った二人は、小さな段ボール箱をたくさん集めてくる。それを見ながら、琥珀さんの顔がどんどん引き攣っていく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます