第106話 星と水面に挟まれて
side山吹助六
盛況の中クリスマス会が閉会して、琥珀と春川さんの話を聞いた。これから恋人になるか夫婦になるか、はたまたそのどちらの関係にもならずに一生を終えるか。二人は僕たちに話をしながら、清々しい表情をしていた。ようやく肩の荷が下りた、そんな様子だった。
二人が決めたことだとその場では納得したものの、理解が追い付かない。僕はここにいては上手く考えがまとまりそうになくて、色守荘をふらりと抜け出した。
「さっむ」
十二月の吉津音村の夜は酷く冷え込む。これからさらに寒くなるけれど、もうコートなしでは出歩けない。
茶色い草だけが残る土手を眺めながら村に下りる。誰かと話せば気がまぎれるかもしれないと一瞬考えたけれど、それでは琥珀と春川さんが決めたことから逃げてしまうことになる。
この時間帯なら村はずれの川辺の方には人気がない。僕は商店街の方は避けて、田んぼや畑の土手を抜けて川へ向かった。
川といえば星影が住んでいた茂みがある。茂みの傍にはサッカーコートが作られていて、昔は琥珀に連れられてよく遊びに行っていた。久しぶりにあそこに行ってみよう。琥珀と僕の思い出がたくさんある場所だから。
川が見えてきた。僕はコートがある河原に下りた。村の子どもたちは代々ここで遊ぶ。他に遊ぶ場所がないから、雨が降ると色守荘か色守稲荷に子どもたちが集まって遊ぶ。秘密基地になるのもこの河原の茂みか色守稲荷の杜と相場が決まっている。
この村で生まれ育ったならば、ここに思い出がない人なんていない。そう言い切ってしまえるくらい、この場所は大切な場所だ。
河原の芝生に座り込んで川面を眺めると、川向こうの街の光を反射した水面がキラキラと揺れる。村には街灯がほとんどないのに、街の光のせいで静かな闇がない。村の外はこんなにも明るいんだと、改めて実感した。
捨て去ったはずの夢が胸の中で燻る。だけどそんなことを考えるためにここに来たわけじゃない。過去に置いて来たもやもやを投げ捨てて、琥珀と春川さんのことを考えた。
「これで良かったのかな」
「あれ、助六くん?」
不意に後ろから名前を呼ばれて慌てて振り返ると、そこにはクロトくんが立っていた。手には花の鉢植えを持っているけれど、店のエプロンは着けていない。
「クロトくん、何をしているんですか?」
「花の散歩だよ。音楽は効果があるけど、他には何か効果があるものがないか試してみようと思って」
少し抜けている気がするけれど、花のためならどこまでも真っ直ぐで誠実な人だ。花の知識も豊富で村の花壇の世話も手伝ってくれる良い人なんだけど、正直よく分からないときもある。
「助六くんこそこんなところで何をしているんですか?」
「ちょっと、考え事を」
「琥珀のことですか?」
クロトくんはよいしょと僕の隣に腰かけると、横に鉢植えを置いてふぅっと息を吐いた。
「琥珀から話は聞きました。春川さんとお互いの幸せを願いあう関係になったと」
僕が頷くと、クロトくんはボクをジッと見つめながらふむと小さく声を漏らした。
「あまり納得がいっていないようですね」
クロトくんの見透かすような目に射貫かれて思わずたじろぐ。そんなに顔に出ていただろうか。
「助六くんは琥珀のことをよく見ているのでしょうね。だから琥珀のこともよく分かっているから、心配なのでしょう」
クロトくんは困ったように眉を下げる。きっとアオイさんのことを思い出しているのだろうな。
「私はアオイがあんな家族でも大切に思っていることを知っていましたからね。なす術なくアオイから家族を奪ってしまったと思うと心が痛みます。琥珀もあれでいて繊細な心の持ち主ですから。それを知っている人ならば心配になって当然ですよ」
「クロトくんは、どう思いましたか?」
「私ですか?」
クロトくんは少し目を見開いて空を見上げると、ふわりと微笑んだ。つられて空を見上げると、真っ暗な村とは対照的だけど街の灯りを反射した水面とも違う、雄大な深みのある闇を広げた空にスパンコールのように星屑が散りばめられていた。
街にいたらここまでの星空は見られない。ここでも少ないくらいだ。社から見る星空は、村が誇れるほど美しい。星の数も圧倒されるほど多くて、年の瀬にはみんなで見上げて自由に星座を作って遊ぶ。
「私は、琥珀の判断ならそれを応援しますよ。そして今の琥珀がどうしてそう決めたのかを覚えておきます。いつか琥珀がその判断を後悔するなら、初心を思い出させる手伝いをしますね」
「お前が決めたんだぞってことですか?」
「いえ。最初の気持ちを思い出してもなお後悔しているなら、もうそこまでです。離れることを勧めます。琥珀の心が持つか持たないか、隣で見守ってやることしかできない私にできることはそれだけです」
全然それだけのことじゃない。ずっと傍にいて、親友として琥珀を支える覚悟がなければこんなことは言えない。
僕は琥珀のことを家族だと思っている。この場所でみんなと一緒に遊びたいのに声を掛けられなかった僕を輪の中に連れ出してくれたのは琥珀だった。僕が今みたいに社交的になれたのは、琥珀に憧れてその背中を追いかけたからだった。
恩人でもある琥珀に僕ができることは何だろう。それが見つかれば、心の底から琥珀の決断を応援してあげられるのかもしれない。
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