第105話 琥珀の宝物


 春川さんと二人でリビングに下りると、サクラと千歳の姿がなかった。窓の外を見るとサクラはトモアキやトオル、アズキと談笑していた。俺があの年頃の時は木登りに勤しんだものだけどな。特にトオルははしゃぐキャラじゃない。


 千歳はと探すと、こちらもホナミと並んで座っていた。子どもたちを見守りながら穏やかな表情で寄り添い合っている二人の姿は少し羨ましい。だけど俺たちには俺たちのカタチがあるんだよな、と思えば無い物ねだりだと気が付かされる。



「琥珀」



 呼ばれて振り返ると、トシコさんが座ったまま俺たちを見上げていた。その鋭い瞳にはいつものことながら全てを見透かされている気がする。



「あんたら、ちゃんと幸せになりなさいな」


「はい、分かっています」



 やっぱりそうだった。トシコさんは俺たちの曖昧な関係も、俺たちがそれに納得していることも分かっているんだろう。



「ま、琥珀なら大丈夫だわな。春川さん、琥珀をよろしくな」



 トシコさんは豪快に笑うと、目の前にあった湯呑みのお茶をグイッと飲み干した。



「助! おかわり!」


「えっ? あ、はーい!」



 キッチンにいた助がこちらを覗くと、オーケーサインを出してパタパタとやかんを持ってこっちに走って来た。



「えっ! あ、琥珀と春川さん! ちょ、御空! 来て!」


「はいはい、助、慌てすぎですよ。琥珀、春川さん。話は後で聞きますから、今はこっちを手伝ってもらっても良いですか? 春川さんは助と一緒に皆さんの湯呑みやおちょこ、子どもたちの紙コップを確認してください。琥珀は皆さんのお相手を。よろしくお願いしますね」



 御空は冷静を装ってキッチンからリビングに出てくると、ニコリと笑って指示を出してくれた。何か聞きたげなのは隠しきれていないけれど、その気持ちを押し殺してこの会を村のみんなに楽しんでもらおうとしている。御空は本当にしっかりしていると、改めて感心した。



「了解。春川さん、よろしく」


「はい! 任せてください!」



 俺たちはすっかり元通り、ではないか。お互いを幸せにしたいという感情を共有したからか、少し心の距離が近づいた気がしている。



「あ、そうだ琥珀。一回庭に行ってサクラに会って来てみてください」



 珍しくやけにニヤニヤしている御空に背中を押されてリビングを追い出された。庭に出てサクラの元に向かうと、遠目には気が付かなかったけれど可愛らしい髪型をしていた。



「サクラ」


「琥珀さん!」



 サクラはトモアキたちと談笑していたけれど、俺が声を掛けると耳をピンッと立てて振り向いた。初めは心配そうな顔だったけれど、右目を黄金色に輝かせるとふわりと嬉しそうに笑ってくれた。



「見てください! これ、トオルさんがやってくれたんです!」



 さっきの話を出さないのは、トモアキたちに気を遣わせないようにしているのかな。サクラの気遣いに心が温かくなる。


 サクラが指を差した先を見ると、綺麗に編み込まれた髪と【八屋】からの提供品であろう桜のかんざしがあった。



「綺麗だな」



 サクラの髪型を崩さないように撫でてやるとサクラは気持ちよさそうにふわふわと笑ってくれた。俺はこの子の幸せも守っていきたい。親になったことはないけれど、サクラの親になったような気持ちだ。


 それに俺は、世話係として村のみんなのことも守りたい。トモアキもトオルもアズキも。誰一人取りこぼすことなく守っていきたい。こんなことを思えるようになったのは、いつのことだったかな。



「トオル、流石だな」


「トオルは手先は器用だからな?」



 トオルは俺に褒められて少しニヤケそうになった顔を右手でそっと隠した。けれどそれを見たアズキが揶揄うと、途端にムッとした顔になってアズキを見た。



「アズキは手先は不器用だもんな」


「本当に俺で後を継げるのか心配だよな」



 アズキはトオルの揶揄いに自虐ネタで返す。とは言いつつも、毎日着付けやメイク、ヘアメイクの練習を怠ることなくやっていることを俺は知っている。家を継ぐと決めてから毎日。必死に努力しているアズキにできないわけがない。



「二人とも頼もしいよ」


「凄いよね。みんなは。俺なんて何になるか決めてないのに」



 ずっと俺たちの話を聞いていたトモアキはぼそりと不安を零した。三田の家は代々村役場に務めてくれている。トモアキのお母さん、カホさんだけは小学校に努めているけれど。



「姉ちゃんは村役場に務めるらしいけど、俺はどうしようかなって」


「ホナミは村役場か」



 とはいえ千歳と結婚するならば、子どもが生まれて高校生になった年に二人で村を出ていくのだろう。ホナミもずっと村にいるわけではない。



「村役場に勤めても良いだろうけど、カホさんはそれを強要しないだろ?」


「まあね。母さんも反対を押し切って教師になったくらいだし」


「それならトモアキがやりたいことをやれば良いよ。まだ時間はある。教師になるなら別だけど、大学に行ってからやりたいことを探しても良いと思うから」



 実際に、俺だって大学で他人の人生を見てから自分の人生を見つめたものだ。そんなに早々と自分の人生を決めてしまう方が難しい。



「とりあえず今日は子どもとして楽しんで、考えるのは明日でしょ!」



 アズキは天真爛漫な笑顔を浮かべる。その実、トモアキが思い悩み過ぎないようにと考えているんだろう。助に似ているから行動の意味が手に取るように分かる。トモアキもその意味を汲み取ったのか、優しく微笑んでアズキとトオルの肩を組んだ。



「よし、小学生組と遊んでやるか」


「おー!」


「はぁ、分かったよ」



 三人は小学生たちが遊んでいる木の方に向かっていく。



「ボクも行ってきます!」


「ああ、行ってらっしゃい」



 三人を追いかけて行ったサクラを見送って、俺は色守荘の中に戻った。



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