第99話 サクラのかんざし


 全員をお出迎えしてから色守荘の中を見ると、歓迎会のときよりもギチギチに人が集まっている。流石に十二月も終わる。みんな寒いところにはいたくないだろう。


 リビングから溢れて庭に用意された席に座っているのが八十人程度。年の順に中に入っているから、子どもたちは大抵外にいる。村の最年少、七瀬家の末息子のアキラさんは三歳と幼いからと母親のハルコさんと一緒にリビングにいてもらっている。


 本来はボクも世話係のみんなと一緒にリビングにいることになるらしいけれど、今日はせっかく久しぶりにトモアキさんと会えた。話をしたくてボクも外に席を用意してもらった。


 子どもたちとのんびりお話をしていると、大人たちが催し物を企画してくれていた。琥珀さんや村役場の人たちは手品、小学校の先生たちはクイズ大会、中学校の先生たちはビンゴ大会を主催してくれた。次々とビンゴが出る中でボクは一向に抜けられない。



「毎年こんな感じなんですか?」



 隣でボクのビンゴを手伝ってくれているトモアキさんに聞くと、トモアキさんはコクリと頷いた。ちなみにトモアキさんはいち早くビンゴを達成して、景品として【和菓子五代】の和菓子セットをもらっていた。



「大体はそうですね。たまに劇をやるときもありますけど、それも最後は何年前でしたかね。例年村役場の皆さんと先生たちが出し物、商店街の皆さんが景品を用意するのが恒例となっています」


「なるほど」



 琥珀さんからは催し物があったりプレゼントがあったりと聞いていたけれど、こんなにしっかり準備をしてくれているとは思わなかった。



「次は、四十六番!」



 ビール瓶を運ぶための箱の上に立った中学教師の霊元照みたまげんしょうさんが声高らかに次の番号を発表してくれた。



「あ、サクラさん、ありますよ」


「本当ですね」



 ボクはこれで十リーチ目。穴だらけなのにビンゴには一向にならない。とはいえビンゴになるのを待っている時間は楽しいから嫌いじゃない。それに初めてならこんなものだろう。



「早くビンゴを作るコツとかあるんですか?」


「ビンゴにコツはないと思いますよ?」



 そういうものなのか。トモアキさんは可笑しそうにケラケラと笑いながら温かい紅茶を啜った。



「次は、三十九番!」



 次の番号が読み上げられて、ボクは手元を見るまでもなくまたカードに穴が開くことが分かった。父さんは昔からボクのことを三十九番と読んでいたから、三十九は愛着のある数字だ。最初にカードを見たときにも、そこにばかり意識が向いた。



「ありました、けど、またリーチが増えただけですね」


「ですね」



 だけどこれで、次に穴が開けば確実にビンゴができるようになった。ゲンショウさんが次のくじを引く。



「次は、六十八番!」


「ビンゴ! です!」



 ようやく右上の角が開いて、ボクもビンゴになった。ボク以外はもうビンゴし終わっているから、最後に残った景品を受け取った。トモアキさんの隣に戻ってから袋を開けると、何やら飾りがついた棒が出て来た。



「これは……」


「かんざしですね。【八屋】で扱っている商品です」



 棒の部分にはサクラの葉が彫られていて、太い方の先には桃色の桜を模したチャームが付いている。



「サクラさんにぴったりなものですね」


「綺麗です」


「あ、サクラさん、それ綺麗ですね!」



 光に反射してキラキラ輝く桜のチャームを眺めていると、アズキさんとトオルさんがやってきた。今日は和装をしているアズキさんは手にお煎餅がたくさん詰まった袋を持っている。一方のトオルさんは頭に猫の耳が生えていた。



「トオル、いつの間にネコになったの?」


「ビンゴの景品だよ。どうせキヌさん辺りの悪ふざけだ。カチューシャなんて僕は使わないんだけど」


「ボクとお揃いですね!」



 耳が頭に生えている同士、少し親近感が湧く。



「今日だけですから」



 トオルさんは頬を赤らめて、ふうっとため息を吐いた。ということは今日は獣の耳仲間だ。やっぱりちょっと嬉しい。



「僕の話は良いとして。サクラさんもそのかんざしをつけませんか?」


「でも、つけかたが分からなくて」


「僕がやりますよ。髪を編んでそこに刺すので、後ろを向いてください」


「トオルは器用ですから、大丈夫ですよ!」



 アズキさんもそう言うし、せっかくの機会でもある。



「【八屋】の息子なのに、お前は不器用だよな」


「俺は着付け専門だから良いの」


「あの、トオルさん、よろしくお願いします」



 ボクはアズキさんと言い合いをしていたトオルさんにかんざしを手渡して、トオルさんに背中を向けた。さっそくトオルさんは僕の頭に何かし始める。ボクの目の前に座ったトモアキさんとアズキさんと話していると、後ろからポンポンと肩を叩かれた。



「できましたよ」


「ありがとうございます」



 ボクにはどうなっているか分からないけれど、トオルさんの満足気な顔を見ればきっと素敵にしてくれたんだと分かる。



「綺麗ですよ、サクラさん」


「うんうん! 可愛いです!」



 トモアキさんとアズキさんも口々に褒めてくれて気持ちが良い。トオルくんが写真を撮って見せてくれた。確かに可愛い。


 左右を三つ編みされて、右はそのまま垂らされている。左の束はハーフアップに巻き込まれて、そこにかんざしが差されている。



「ちょっと、琥珀さんたちに見せてきます!」



 とっても素敵だから琥珀さんたちにも見て欲しくて、ボクはリビングに駆け込んだ。すると何やら空気が重たい。リビングの中央、琥珀さんと春川さんが向かい合って睨み合っていた。


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