第97話 癒しのふわふわ


 クロトくんから届いたメッセージを見て、僕と琥珀と御空、寝起きのサクちゃんは七瀬家を後にした。千歳とホナミには星影をお願いして、七瀬家でトモゾウさんと星影を対面させてもらっている。


 トモゾウさんが恐る恐る星影に触れるのを、大笑いしながら見ていたモモコさん。モモコさんは星影の撫でて欲しいところを一発で当てると、それをきっかけに星影に認められて膝に乗せていた。トモゾウさんも仲良くなろうと奮闘してくれていて、本当に星影たちのことを認めてくれたんだと嬉しくなった。


 僕たちがクロトくんのお店、【CloveR】の裏にある白金家に着くと、どこかどんよりとしたオーラを感じた。インターホンを鳴らすとクロトくんの声が聞こえた。



「琥珀」



 玄関のドアを開けてくれたクロトくんは泣きそうな、諦めたような顔で琥珀を呼ぶと、一筋の涙を零した。



「クロト。大丈夫だ」



 琥珀はクロトくんの肩を抱いて強く声を掛けると、弱々しく笑ったクロトくんは僕たちを中に招き入れた。



「こんにちは」



 クロトくんとは打って変わって、リビングで僕たちを迎えてくれたアオイさんは初めて会ったときよりもハツラツとした笑顔を浮かべていた。その笑顔を見たクロトくんが複雑そうに視線を逸らすと、琥珀はクロトくんの背中をさすった。



「アオイさん、大丈夫?」


「はい! 大丈夫です」



 アオイさんはあの日からずっと、カリンさんからもらった証拠を元にして婚約解消と実家との離縁を交渉し続けていた。クロトくんからのメッセージによると、ついさっき実家と縁を切ってここに到着したらしい。



「良かったです。思ったより元気そうで」


「家を離れる寂しさはありますけど、此方はかねてより親よりクロト兄様と過ごすことの方が多かったですから。これから兄様と暮らせると思えば嬉しく思います」


「ということは!」


「はい! これからこちらでお世話になります。あ、お茶をお出しするのを忘れていましたね。ソファに掛けてお待ちください」



 アオイさんはふわりと笑う。笑顔とともに花の甘い香りが鼻をかすめる。


 アオイさんがキッチンへ消えていくと、クロトくんが深くため息を吐いた。



「琥珀、御空くんと助六くん、サクラくんも。来てくれてありがとうございます」


「それは構わない。逆に呼んでくれてありがとうな」


「琥珀……ありがとう」



 クロトくんは綺麗な顔でクシャッと泣きそうな顔で笑うと、僕たちをソファに促した。



「できるなら、家族と縁を切る結果にはしたくなかったんですけどね」



 クロトくんは自分が縁を切ってこの村に来たときにも、お酒を飲みながら同じことを言っていた。



「いくら一緒にいる時間がなくても血の繋がりのある相手というのは、大抵の場合は無条件に頼れる相手だと思うんです。だけど、我が家ではそうではなかったことが、悲しくて悔しくて情けなくて」



 クロトくんはもう泣くことを通り越して、呆れ顔になる。あの頃は自分が所属する社会を誇れないことは自分を誇れるかどうかに関わってくると大学で学んだばかりだった。だから僕はクロトくんにとって吉津音村が誇れる場所になりたいと思った。


 今だってその気持ちは変わらなかった。だけど、これからはアオイさんのためにももっと誇れる村にしたい。


 アオイさんのためだと思うと一層気合いが入る意味はもう自覚している。この気持ちを誰かに伝えるつもりもないけれど、大切に育てていきたいとは思う。そのためにもアオイさんがこの村に来て良かったと思ってもらえるように頑張りたい。



「クロトくん、案外時間が解決することもありますからね」



 実家を離れて十年以上の時間を置いて、ようやく実の両親との関係を修復できた御空。経験が裏付ける言葉の重みはひと味違う。



「御空くん。そういうものですか?」


「俺の場合は、ですけど。だけど一旦時間を置くことでそれぞれの気持ちを整理することも時には必要ですから。それに相手を見返してやろうと思う気持ちも成長の糧になります。これを機に自分を見つめ直すことだってできますからね」



 御空の言葉を聞いたクロトくんはジッと机の一点を見つめると、こくりと一つ頷いた。



「それなら、今できることをやるだけですね」


「ボクもお手伝いします!」



 サクちゃんがふんす、と気合いを入れる。耳がぴょこんっと立っているのが可愛らしい。


 クロトくんがサクちゃんを見てへにょりと眉を下げると、サクちゃんは立ち上がってタタッとクロトくんの前に立った。そしてクロトくんの手を取ると自分のしっぽに触れさせた。クロトくんは驚いて目を見開いたけれど、ふわりと微笑んだ。



「ふわふわですね」


「ふふっ、笑ってもらえて良かったです」



 クロトくんがふわふわしたしっぽをゆったりと撫でると、サクちゃんは擽ったそうに笑う。これはサクちゃんだからできること。サクちゃんのしっぽほど癒されるものはない。



「お茶が入りましたよ!」



 キッチンから戻ってきたアオイさんは、サクちゃんとクロトくんを見て動きを止めた。そしてむっと頬を膨らませた。



「ずるいですよ、お兄様!」



 アオイさんはお茶を乗せたお盆を机に置くとサクちゃんの傍に寄っていく。



「サクラさん、なでなでして良いですか?」


「もちろんです」



 アオイさんはサクちゃんのふわふわした髪を柔らかい手つきで撫でる。撫でてもらって満足そうなサクちゃんと、すっかりサクちゃんのふわふわの虜になった二人。来たときのどこかどんよりした空気はどこかに消えて、部屋中が穏やかな空気に包まれた。


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