第94話 七瀬家
ホナミの顔は少し青白い。かなり良くない知らせを持ってきたと察して唾を飲んだ。
「おじいちゃんが、こっちに来るって! 今、トモアキから連絡があって!」
おじいちゃん、つまりトモゾウさんだ。サクラは気持ちよさそうに眠っているし、今ここには星影もいる。千歳も御空も怪我をしていて、ホナミもここに身を寄せていて。正直良い状況ではない。
「ま、いつまでも逃げられないんだからさ」
俺はどんな顔をしてしまっていたんだろう。ハルコさんは元気づけるように俺の肩をポンポンと叩いてくれた。
俺はみんなが笑っている村が良い。村のみんなも、サクラも、星影たちも。だけど、俺はどうしたら良い?
「琥珀」
御空に呼ばれて顔を上げると、御空はキュッと口の端を持ち上げていた。自信ありげな表情にホッとして、もやもやしていた頭がクリアになっていく。
「ありがとな」
「全員でちゃんと話そう」
「ああ、そうだな」
俺は一人じゃない。背負い込まなくて良い。
「でもトモゾウさんもファンキーだよね。何も病院で話さなくても」
「まあ、孫娘が家出して琥珀くんたちに頼ることは分かってはいるでしょうからね。サクラさんの身に何かあったと聞けば、ホナミさんにも何かあったかもしれないと思って心配になっても不思議ではありません」
「まったく。女もそこまでやわじゃないっての」
「やわじゃなくても心配なんですよ」
ハルコさんとトモナリ先生はそう言いながらも辺りを片付け始めた。ある程度片付けると、トモナリ先生はユウタロウ先生の方に行ってしまった。
「サクラは抱っこのままで良いから、家においで。ここは患者さんもくるし。トモゾウさんにはじいちゃんから連絡してもらうから、先に行って待っていよう」
御空からサクラを受け取って、俺が抱きかかえたまま七瀬家に向かう。御空はまだ万全の体調ではないから、トモナリさんが押す車椅子に乗ってもらった。久しぶりに来てみると、流石にうちの実家ほどではないけれど、数の家の一つだから敷地も大きい。
七瀬家につくと、さっき会議で会ったばかりの当主のハルさんとその旦那さんのカズさんが出迎えてくれた。
「応接室の隣に布団を敷いたから、サクラさんと御空はそっちで休んどけ」
「いえ、俺は大丈夫です。きちんとお話しないといけませんから」
「まったくお前は。まあ良い。無茶はするなよ」
カズさんは眉を顰めて心配そうに御空を見上げると、節くれだった頼もしい手で御空の頭をガシガシと撫でた。
サクラを隣の部屋に寝かせてから応接室でテーブルセットを手伝っていると、遅れて星影を抱きかかえた助とユウスケさんが押す車椅子に乗せられた千歳、そしてホナミもやってきた。
ホナミは緊張を隠せていない様子でそわそわしながらも、ユウタロウ先生の奥さん、桃子さんと一緒にお茶の準備を手伝ってくれた。俺がやると湯呑みを割りかねないから有難い。
「ユウスケとハルコ、トモナリは病院の方にいてくれ。トモゾウとは年が近いし、私とモモコで立ち会おう」
「分かった。ハルコ、トモナリくん、行こうか」
「年寄りがいても水差しちまうからね。あたしも行っとくよ。じいさんはどっかで時間潰してな」
「はいはい。それじゃあ、俺はサクラさんと星影ちゃんの様子でも見てようかね」
ユウスケさんが心配そうな二人を宥めつつ背中を押して部屋を出ていく。ハルコさんの方が強いしトモナリ先生と十歳も年が離れていないから普段はそんな感じがしないけれど、やっぱりハルコさんのお父さんなんだと感じる。
そして三人の後を追うようにハルさんも【七瀬医院】の方に向かった。よっこいしょ、と立ち上がったカズさんはサクラと星影のことを見ていてくれるらしい。二人のことも心配だけど、カズさんがいてくれるなら安心だ。
「さてと。まあ、さっきサクラの身体のことは話したからな。トモゾウが話したいのは星影さんたちのこととホナミのことだろう」
カズさんが部屋を出ていくと、ユウタロウ先生はため息交じりにそう言った。そして早速お茶を飲み始める。モモコさんはやれやれという顔をしてはいるけれど、何も言わない。ハルコさんだったら後頭部に一撃入れていると思うけど。
「千歳、怪我はどう?」
「ああ、さっき処置したときの痛みがまだあるが、それもすぐに引くだろうって。御空と一緒でそれなりに出血したから、しばらくは安静」
「そっか」
千歳も無事で、心底ホッとした。車椅子から降りようとする千歳に手を貸していると、星影をサクラと同じ部屋に寝かせてきた助も戻ってきた。
「あはっ、カズさんに追い出されちゃった」
「助、星影の怪我の具合はどうだった?」
「ところどころ切り傷があったくらいだったよ。ユウスケさんには血も止まってるし念のため一休みしたら動物病院には連れて行った方が良いだろうって言われた。トモゾウさんと話を付けたら連れて行ってくるよ」
「頼む」
「うん、任せて」
全員大事には至らなかったようでホッとした。しばらくは俺もできる限りのサポートに回ろう。もちろん、余計なことをして手間を増やしてしまいそうなことはやらない。そこは大事な線引きだ。
「邪魔するぞ」
玄関から大声が聞こえて、ホナミの肩がビクリと跳ねる。隣に座る千歳が背中を擦ってやると、少し落ち着いたようだった。
トモゾウさんが部屋に入って来ると、ユウタロウ先生は片手を上げて出迎えた。
「今朝ぶりだな」
「ああ。モモコさんはしばらくぶり」
「ええ。トモゾウ、また焼けたね」
「それはまあ、毎日畑にいればな。モモコさんだって畑にいるのにそんな白い肌なのが不思議だな」
「それは魔法使いだからね。ふっふっふっ」
学年で言うとユウタロウ先生とモモコさんが同級生で、トモゾウさんが一つ下。俺と千歳くらいの間柄の三人だ。和やかな空気に少しホッとした。
「琥珀」
「はい」
「琥珀に聞きたいことは分かっているな?」
「星影たちのこと、ですか?」
「ふむ。では、先にそちらから話そうか。ホナミ、千歳。その後でじっくり話を聞かせてもらうぞ」
トモゾウさんから出ている圧が急に強くなる。俺はつい委縮してしまったけれど、千歳は堂々と正座している。千歳は身体もまだ辛いはずなのに、どこか決意を感じさせる真剣な顔をしていた。
「ではまず、ネコの件だが。今すぐ村から追い出せ。ネコは眷属様を殺す」
トモゾウさんが目をクワッと見開いて力強く威圧してくる。ダメだ、ものすごくトイレに行きたい。
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