第91話 診察

side石竹琥珀



 ホナミから事情を聞いたトモナリ先生から連絡を受けて、慌てて会議を解散して助と一緒に【七瀬医院】に駆け込んだ。俺たちが【七瀬医院】の待合室で待つように言われている間に、駐車場では看護師のユウスケさんが待機してくれてた。


 外が騒がしくなってすぐ、ユウスケさんが車椅子を押しながら駆け込んできた。ぐったりと凭れかかる御空の手には血に染まったガーゼが貼られていて、サクラが暴走していたことを悟った。


 声を掛けることも許されないような緊張感の中で連れていかれた御空を呆然と見送る。しばらくすると、千歳とサクラ、ホナミと星影が入ってきた。


 サクラは元気そうだけど、星影は疲れてしまったのかこの時間には珍しく眠っている。そして何より、千歳の肩にも赤く染まったガーゼが見えていた。



「千歳も怪我してるじゃん」


「ああ。でも私は御空とホナミが素早く手当してくれたおかげなのか大丈夫だ」


「大丈夫かは私が決めるから。千歳、サクラさん、診察室入って」



 ユウタロウ先生が診察室からのそっと顔を出して千歳とサクラを手招きする。その隣の診察室からはユウスケさんがひょっこりと顔を出した。



「千歳はユウタロウ先生、サクラさんは最初ハルコが診るからね。トモナリくんが御空の診察を終えたらサクラさんの方に行くから」



 ユウスケさんの言葉に千歳の顔が引き攣った。それを見たユウタロウ先生はニコニコと笑いながら千歳を捕まえて行く。千歳は小さい頃にユウタロウ先生の注射から逃げようとしては捕まっていた。その頃のことを思い出してつい笑ってしまった。



「あの、ユウスケさん」


「どうしたの、サクラさん」


「今手を見て気が付いたんですけど、星影も怪我をしているみたいで」


「そっか……それじゃあ、僕が手当しようか。怪我の手当なら僕もできるから」


「お願いします」



 そうなると3人と1匹が治療や診察を受けることになる。サクラと星影の方には俺か助がついていた方が良いだろう。



「よし、助は星影の方を頼む」


「いや、僕がサクちゃんの方に行くよ」



 助はグッと俺を見つめる。とはいえサクラのことで何かあればすぐに判断して動かなければいけなくなるし、俺が行った方が良い。それに、もう一つ問題がある。



「頼む。俺星影にあんまり懐かれてないから……」


「あぁ、逃げられたら終わりだね」



 悪意のない助の言葉がグサッと胸に刺さる。確かに俺は星影に逃げられてばかりで最近は全く触らせてもらえないけど。自分でも分かってはいたけど。言葉にされるとなんだか悲しい。


 だけど悲しんだ甲斐あって助は納得して星影の方について行ってくれた。



「ホナミは待合で待っててくれ」


「うん」



 心配そうに千歳が入って行った診察室をチラチラ見ているホナミの頭を少し雑に撫でる。ホナミを待合室の椅子に座らせてから、サクラと一緒に産婦人科医の七瀬悠子先生がいる診察室に入った。



「失礼します」


「はい、待ってたよ。サクラさんはここ、琥珀はそっちね」



 トオルのお母さんにあたるハルコさんは、普段は温厚だけどなかなかサディスティックな人だ。


 俺の三学年先輩で、俺たちがあまりにも悪さをすると平然と澄ました顔で平手を飛ばしてきた。その印象が強すぎて未だにハルコさんの前では委縮してしまう節がある。今でもハルコさんだけ先生と呼べない理由もそこにあったりなかったり。



「まずは今の体調を聞いて行こうかな。普通に歩けているみたいだったけど、めまいはとかふらつきは?」


「めまい?」


「そうねぇ、目の前がぐるぐるして見えたり、ふわふわしたりする?」


「しません」


「うぉぉっ……」


「そう、良かった。それじゃあ、食欲は?」



 ハルコさんの診察が続く中、時折隣の診察室から千歳の呻き声が聞える。ハルコさんは無視をしているけれど、サクラは心配そうにチラチラとこの部屋と隣の部屋を隔てる壁を見ている。



「サクラ、千歳なら大丈夫だからな」


「はい……」



 時々声を掛けてやりながらハルコさんからの質問に答えるように促す。心配なだけかもしれないけれど、いつもより少しだけ子どもっぽい気がする。薬の説明書を見た限りには薬を飲んですぐに全部が元に戻るわけではなさそうだったし、注意しておく必要があるかもしれない。



「よし、だいたいのことは聞けたね。次に気を失うまでのことを聞きたいんだけど……」



 ハルコさんはチラッと俺に視線を寄越した。サクラ自身が知らないサクラの身体のことについて、いつの間にか会議に出席してくれていたハルさんから情報が共有されているらしい。俺は頷いて返して、サクラの方に歩み寄った。



「サクラ、最近少し身体の調子がおかしかったよな?」


「うん」


「その理由について調べて来て、分かったことがあるんだ。診察の前に、その話を……」



 ガラガラッ



「御空くんが目を覚ましましたよ。しばらく安静に……って、サクラさん!」



 トモナリ先生はきっと御空の治療が終わったからサクラの方を手伝うために来てくれた。だけど、御空が目を覚ましたと聞いた瞬間にサクラは診察室を飛び出して行ってしまった。


 トモナリ先生が慌てて追いかけていくのを俺も追いかけようとすると、ハルコさんにガッチリ肩を掴まれて引き留められた。多分ハルコさんの辞書に力加減という言葉はない。



「サクラさん、まだ完全には治っていないみたいね」


「そうみたいだな。普段はもっと冷静な子だから」


「そう。投薬治療をするのよね?」


「ああ、薬の調合についてはソウタとガクに頼んだから大丈夫だとは思うけど……」



 数の家の会議にソウタが来てくれたから、助を通して依頼をしておいた。二人なら大丈夫だと信頼している。


 だけど全く不安がないわけではない。千歳たちの前では弱音を吐かないように気を付けているけれど、みんながいないからか少しだけ不安が漏れた。



「心配しなくて良いよ」



 ハルコさんはおっとりとした口調でそう言うと、俺の背中をゆったりと擦ってくれた。懐かしい感覚にグッときて涙ぐんでしまって慌てて目元を擦った。



「ふふっ、サクラさんには村のみんながついてるからね」


「そう、だね。ありがとう」



 俺は少し肩の荷が下りた気がした。



「よし、それじゃあサクラさんを追いかけようか。ついて来て」



 ハルコさんはぽふぽふと俺の頭を撫でて診察室を出た。


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