第85話 研究室
サクちゃんが見ていたであろう景色には、きっとお世話をしてくれていたという女性がいたはず。その人はどんな思いでサクちゃんやキツネ様の世話をしていたんだろう。
「助、次に行くぞ」
「うん」
檻から出て、お風呂場を覗いたけれどそこにはシャンプーやリンスくらいしか残されていなくて、戸棚はもぬけの殻だった。埃の溜まり方からして、ここには元々何もなかったらしい。
お風呂場の隣の部屋は無機質な部屋だった。鉄製のベッドとチェストだけが置かれていて、クローゼットの中身はやっぱり空だった。
「助六」
「どうしたの?」
千歳に手招きされてベッドに近づく。千歳が指さしたのはベッドのフレームには何かを括りつけていたような痕が四か所残されていた。
「誰かを拘束していたみたいだね」
「やっぱりそう思うか」
身長的にサクちゃんでもキツネ様でもない。お世話をしていた女性だったのか、はたまた全く違う第三者なのか。それを知る術はないけれど、普通の状態ではなかったことは確かだ。
「他に部屋は?」
「ありません」
山田さんの返事に僕たちは首を捻った。サクちゃんの話では、地下に研究室があるという話だったけれど。
「千歳、助、探せるか?」
「やってみる」
「任せろ」
千歳と手分けをして構造的におかしなところがないか探す。千歳は琥珀と一緒に建物の中、僕は御空と一緒に外を見ることになった。
シロウマルさんに借りた図面を見ながら外からも不自然なところがないか見ていると、一畳くらいのスペースだけど、確かに図面にないところがあることが分かった。
「助、ここの壁だけ色が違う」
「それは全然分からないんだけど」
「本当に微妙な違いだからね。多分ここだけ塗装を塗り直したんだと思う」
普段から微妙な色を使い分けながら作品を制作しているからなのか、御空は色の識別能力が高い。そんな御空が言うのなら間違いはないはずだ。
山田さんに外から場所を示してもらいながら、中に入ってちょうどその地点に当たる廊下の突き当りの壁を捜索した。
「明らかに壁が薄い」
「最悪突き破っても大丈夫ですか?」
「琥珀くん、それは本当に最終手段にしてね?」
後ろで物騒なことを言っている琥珀のことはシロウマルさんが止めてくれているから無視しておく。仕掛けがあるはずと思って千歳と手分けして全体を隈なく触っていると、僕が下側の左端を押した瞬間にガコッと何かが外れる音がした。
「マジか」
後ろで琥珀が呟く。御空も唾を飲む。千歳は僕の肩にそっと手を置いてねぎらってくれた。
そのままゆっくり向こうに押していくと、その先に地下へ続く石造りの階段が現れた。明らかに増築された洞窟のような道。隠し扉代わりになっていた壁は、階段の反対側にあった窪みにすっぽり嵌った。普段はただの壁だったんだろう。
「行くか」
念のため琥珀が先頭に立ってくれて、その後ろに僕、千歳、御空、シロウマルさんが続いた。真っ暗な中、不規則な幅と高さの階段を踏み外さないように琥珀が持っていた一本の懐中電灯の光を頼りに手探りで下りる。
全員が一番下まで辿り着くと、琥珀は懐中電灯を消してそろそろと進んでいった。この先は一階と同じ真っ白な壁が続く。不思議な構造だ。琥珀は一番手前にあった部屋のドアを素早く開けると静かに中に消えた。
僕たちがジッと待っていると、中を確認し終えたらしい琥珀が部屋から出てきて僕たちを部屋の中に誘導してくれた。一階にあった部屋と同じように無機質な部屋。違いと言えば、この部屋のベッドにはマットレスがない。使っていなかったのか持ち出したのか。それは分からない。
「俺は奥の部屋を見てくるから、先にこの部屋を捜索しておいてくれ」
「僕も行くよ」
「サンキュ」
琥珀の後ろに着いて、二人で奥の部屋を確認しに行く。また琥珀が先に部屋の中に入って行って、僕は耳を澄ませて廊下で待機した。
「これは……」
琥珀の声が漏れたのを聞いて、何かあったのかと僕も部屋に入る。
そこには金属製のベッドや研究資材らしき瓶、そしてよく分からない機械が無数に置かれていた。きっとあのうちのどれかが、サクちゃんが言っていた電流を流す機械なのだろう。
「ここが、研究室」
「みたいだな」
パソコンがあったはずの場所にはそこだけくっきりと痕が残っているだけで何もない。棚も空きファイルだけが残されていて、他に何か分かりそうなものはパッと見た限り見当たらなかった。
「隣は何もありませんでした」
「なんだよ、ここ」
隣の部屋を捜索し終えた千歳と御空も合流して部屋中を探す。ここが一番可能性が高いはず。キョロキョロ探しながら歩いていると、何かに躓いて転んでしまった。
「いてて」
「助、大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫。なんか、床が出っ張ってたみたい」
そう言いながら床を見て、御空の方を向こうとして。初めて机の下、奥の方に置かれた小箱の存在に気が付いた。
「御空、あれ……」
「どれですか?」
覗き込んだ御空が手を伸ばして小箱を手に取った。鍵は着いていなくて、蓋を押し上げればそのままカパッと開いた。
「小瓶と、手紙?」
中に入っていた小瓶には白い薬の錠剤のようなものが入っていた。もしかするとこれが探していた薬かもしれない。僕が小瓶を見ていると、手紙を見ていた御空の手が震えていた。
「御空?」
僕は不審に思って御空が読んでいた手紙を覗き込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます