第70話 不幸中の幸い
完全に傷が癒えたサクラは手を膝の上に戻した。
「ボクのこの治癒能力の高さは薬の効き目にも影響します。簡単に言えば、人より効きづらいんです」
「それは、どんな薬でもですか?」
「そのようです」
御空は困ったように眉を顰める。サクラが不思議そうに首を傾げると、御空は首を横に振った。
「いえ。風邪のときに薬が使えないのではないかと思いまして」
「それなら大丈夫ですよ。薬を使うまでもなくすぐに治るので」
サクラはふわっと笑うと、便利ですよね、と自慢げに胸を張った。良いような悪いような。サクラが元気でいるなら良いけれど、その能力のせいで味わわなくて良い痛みを受けてきたと思うと目頭が熱くなる。
傷だけでなく薬物やウイルスまでにも作用するその治癒能力がどうして生まれたのか。気になって研究したくなるサクラの父親の気持ちが分かってしまって胸糞悪い。
「薬の効きの悪さを調べる実験のときは、流石に毒を使ってしまうとボクも死にかねないからと父さんは睡眠薬を使ったんです。抗体ができてしまうからといろいろな種類を使ったので、そのおかげでボクはある程度の睡眠薬の種類なら分かるようになりました」
「今回はたまたまその中の一つだったということか」
千歳は腕を組んで考え込んだ。薬神ではないお稲荷様に薬物の特定は難しいはずだと分かっていた。でもそれを自らの力でやってのけたサクラは本当にすごい子なんだと思う。ただ、本来なら開花しなくて良かったはずの能力だけど。
「はい。ボクに分かるものだったことも、直接的に命の危険があるものではなかったことも。良くはないですけど、その中では良かったんだと思います」
「不幸中の幸いってやつだね。でも本当にサクちゃんは元気なの?」
助が心配そうにサクラの顔を覗き込むと、サクラはしっかりと頷いた。
「傷をつけるともちろん痛いですけど、薬を使っても副作用が出たことはありません。今のところ問題はないみたいです」
そうは言っても、話を聞く限り相当量の接種をしてきたんだろう。サクラの父親が研究者だったとはいえ、違法行為も行っているような人間が正常な摂取量を守っていると言い切って良いのか悩ましい。
これからサクラが薬を飲むのは本当に必要なときを選別した方が良い。万が一が起きてサクラを失うことだけは避けなくてはならない。
「サクラ。もし今後同じようなことが起きて薬の種類が分からないと困る状況になったとしても、無暗に口にするなよ? サクラの命だって大切なんだからな?」
「はい」
真っ直ぐ見つめると、サクラは頬を赤らめて視線を外した。照れただけなんだろうけど、本当に分かっているか心配になる。でもサクラがそんな行動をとらないように俺たちが傍にいて守ってやれば良い。それこそ俺たちの仕事なんだから。
「それにしても、誰が何のために?」
「まあ、それについては調査してもらうよ。さっきスズさんに連絡したら、調べてくれるって言ってたからさ」
助はスマホのトーク画面を俺たちに見せてくれた。確かに依頼を受けてくれている。
「こんなよく分からないことも調べてくれるってすごいな」
「ね。しかも成功報酬だから、失敗したらお金にならないんだってさ」
「それでよく生きていけるな」
でも考えてみれば千歳だって写真集が売れなければ収入はほぼないし、御空も作った人形が売れなければ材料費がかかるだけ。助も視聴数が稼げなければ収入にならない。割とみんな稼いでいるから忘れがちだけど、それってすごいことだ。
「スズさんは動画の再生数も投稿数も僕より多いし、個人だけじゃなくてユニットの方もかなり人気があるからね。他の探偵仲間も経営者だったり先生だったりするんだって」
「へえ、すごいな」
助がスマホを操作して見せてくれたのは【スズモリ】という動画チャンネルだった。スズさんとモリさんの歌唱動画がメインらしいけど、ひたすら二人が話をしている動画なんかもある。
「週七日更新って、すごいな」
「だよね。僕は流石にそこまでできなくて。それができる体力もすごいし、ネタが尽きないのもすごい」
助はお手上げだと言わんばかりに両手を挙げた。助が動画を撮影して編集して、と頑張っている姿を見ているからこそすごさが分かる。
その点俺はたくさんもらえるわけではないけれど、毎月お給料がもらえることが確約されているだけ良いものだ。働くほどもらえるわけじゃないのに必死になった挙句、成果にもお金にも換算されない。なんて落ち込んでいた新人時代が懐かしい。
「そうだ、千歳。今日撮影に行くって言っていたけど、撮れたのか? 早めに切り上げて来たんだろ?」
「ああ、あと少しあるけど、これくらいなら締め切りまでに撮りきれる。だからサクラ、そんな顔をするな。サクラのせいではない。なんならあそこでこれ以上撮れないと思っていた頃合いだったしな」
シュンと耳としっぽを垂らしたサクラ。千歳は話しながら立ち上がるとその頭に手のひらをポンッと置いた。実は最近千歳の頭の撫で方の法則が見えてきたから、予想通りの動きをしたことに一人で喜ぶ。
「琥珀? どうしたんですか?」
「い、いや、なんでも?」
御空に訝し気な顔をされて慌てて普通を装う。パターン化して楽しんでいることがバレたら千歳がもうやらなくなってしまう。案外気にしいだから。
「そうだ、みそ……」
「千歳くん!」
俺が御空に話しかけようとしたとき、それを遮るような大声が玄関から聞こえた。
「ホナミさんです」
サクラが断言すると、名前を呼ばれた千歳が玄関に向かっていった。ホナミはトモゾウさんが許してくれるまでここには来られないからと、最近は全く会えていなかった。
それなのにここに来たということはトモゾウさんが許してくれたのかと淡い期待を抱いた。けれど千歳に支えられるようにして、泣きながらリビングに入ってきたホナミに期待は打ち砕かれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます