第68話 嘘も方便


「助さんとクロトくんが裏に行ってから、しばらくはアオイさんと二人でお店のお花を見ていたんです。しばらくして、アオイさんがクッキーを食べましょうと誘ってくれたので、一緒に座って食べることがしました」


「じゃあ、クッキーはアオイさんが持っていたものだったんだね?」


「はい」



 やっぱりあれはアオイさんが持っていたクッキーだった。



「アオイさんの婚約者さんが昨日会社の人にもらったものだったそうです。婚約者さんは甘いものが苦手だからアオイさんにくれたと」


「確かに、あの人は甘いものが苦手です」


「でもあのクッキーを食べてすぐ、アオイさんが眠そうにしだしたんです。そのあとすぐにボクも眠くなったので、睡眠薬が入っていると分かりました。それで念の為時計を見ておきました。ボクは三十分ちょっと眠っていましたから、アオイさんは二時間程度で目覚めるかと思います」


「本当ですか? ありがとうございます」



 クロトくんは具体的な時間を聞くことができて安心したようだった。アオイさんの手を握り直して目に涙を浮かべた。


 サクちゃんの話から、あのクッキーの中に入っていたものはアオイさんではなくてその婚約者さんを狙ったものだった可能性が出てくる。ただ、毒ではないところが引っかかるけれど。



「よく眠くなった時間を覚えていましたね」



 御空の問いかけに、サクちゃんは視線を彷徨わせた。そしてニコッと笑う。けれどしっぽと耳は緊張して立ったまま。僕たち四家の人間にはサクちゃんが嘘を吐こうとしていることが分かった。



「それについては本当にたまたまです」


「なかなかできないことだよ。ところでサクラさん、どうして薬の種類まで分かったのかな?」


「それは……」



 ユウタロウ先生に聞かれて、サクちゃんは今度は言い淀んだ。そして言いづらそうに口をもごもごさせると、恐る恐るといった様子で口を開いた。今度はしっぽだけが立っていて耳は垂れている。嘘を吐く緊張に申し訳なさが混じっているらしい。



「お稲荷様が。お稲荷様が教えてくださいました。ボクはお稲荷様と五感が繋がっていますから」



 サクちゃんは最初こそオドオドしていたけれど、最後には堂々と胸を張って言い切った。よく頑張ったと思うけれど、これも嘘。僕たち以外には、もしくは僕たちにも言えない理由があるらしい。



「そうか、お稲荷様が」


「流石、我らのお稲荷様だ」


「有難い」



 ハルさんとユウタロウ先生、ユウスケさんはお稲荷様のことを口々に褒める。村の外出身のクロトくんとトモナリ先生は少し戸惑っているようだったけれど、サクちゃんの説明には納得してくれたらしい。



「とにかく、サクラもクロトの妹さんも無事で良かった。ただこれについてはもしも車の運転中にクッキーを食べていたら命の危険もあったんだ。きちんと調べておきたい」



 千歳の鋭い言葉に、空気の温度が一気に下がった。普段は気にならないけれど、こういうときの千歳の覇王感はとんでもない。もし僕が犯人だったら、息の根が止まる前に自首するレベル。



「警察にっていっても実害がなければあまり期待はできないよな?」


「かもしれないね。一服盛られているとはいえ、二人を狙ったとも言い切れないから。ちょっと難しそうだよね」



 琥珀とユウスケさんが頭を悩ませる。その間に、僕は一つの手段を思いついた。彼なら助けてくれるかもしれない。



「あのさ、僕の友達に頼んでみても良いかな? 友達にその手の調査に強い探偵がいるんだ」


「探偵?」


「うん。本業はVItuberなんだけど、副業で小さな探偵事務所を開いているんだよ」



 VItuberのスズさんは、僕より十歳以上は年上。前にパーティーで会ったときに彼の妹さんが僕の動画のファンだと言って話しかけてもらった。それをきっかけに今でも親交がある。一度話を聞いてみても良いかもしれない。



「分かった。この件は一旦助六に預ける。何かあれば相談しろ」


「うん。ありがとう」


「私からもありがとうございます。よろしくお願いします」



 クロトくんに頭を下げられて戸惑ってしまう。僕たちからしたらサクちゃんが危ない目にあったなら動くことが当たり前。アオイさんのためにもなるかもしれないけれど、それはあくまで副産物だ。ちょっとだけアオイさんのためになることが嬉しいと思った気持ちには蓋をしておく。



「さてと。話が終わったら、サクラさんは帰って大丈夫だよ。アオイさんは起きて何も異常がないか確認してからね」



 ユウタロウ先生がひらひらと手を振る。こう言われてしまえば帰るしかない。確かに異常がないのにあまり長居をしても迷惑だし。



「分かりました。では、お会計は琥珀に任せて先に車に乗っていますね」


「やっぱり俺かい」


「頼んだぞ」


「サクちゃん、念の為僕の背中に乗って」



 御空が琥珀にお会計をお願いしたら、流れるような連携でサクちゃんを背負って診察室を出る。先に琥珀の車に乗り込んで琥珀が来るのを待っていると、サクちゃんは耳もしっぽもしょんぼりと下げた。



「ごめんなさい。ボク、皆さんに嘘を吐いてしまいました」



 あまりの落ち込みように何を言ってあげれば良いのか悩んでしまう。サクちゃんが嘘を吐こうと判断した理由も分からないし、それが正しいと言い切ってあげることができない。



「あの場ではあれが正解ですよ。サクラの過去の話や体質のことが絡んでくるようでしたら、村人の皆さんの耳には入れないことが賢明な判断です」


「そうだな。特定の人間だけに話すのはあまり良くないから、あれで良かったんだと思うぞ。まあ、理由がそれではないと言うならあれで良かったと言い切ることもできないが」



 千歳と御空ははっきりと自分の意見が言えて羨ましい。頭で考えてばかりで、こういうときにスッと言葉が出ない。御空みたいに周りが見えているわけでも、千歳みたいに堂々ともしていない。情けない。



「そう、ですね。帰ったら、皆さんにはきちんとお話しますから」



 垂れていた耳としっぽは普段通りに近いくらいには立ち上がっている。いつもよりちょっとピンッとしているかな。緊張しているのかなと思って手を繋いでみると、サクちゃんはキュッと握り返してくれた。


 琥珀が戻ってきて助手席に座ると、千歳の運転で色守荘への道を辿った。


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