第65話 守りたいもの
見たことがない女の子だけど、優しそうなアーモンドアイに見覚えがある。
「アオイ?」
店の奥から出てきたクロトくんは、彼女の肩越しに僕とサクちゃんを見つけてふわりと微笑む。すると真っ黒な瞳が収まるアーモンドアイが緩く細められた。
「助六くん、サクラくん、久しぶりですね。今日は何をお求めですか?」
少し高い声と甘噛み気味な活舌と相性が良いゆったりした話し方がクロトくんのチャームポイントだ。本人は昔からそれが嫌いだったらしいけれど、琥珀が褒めてくれたから好きになったと聞いたことがある。
「えっと、球根を買いに。で、あの、この方は?」
放っておいたらそのまま紹介してもらえなさそうだったから、こちらから彼女について聞いてみる。クロトくんはあっ、という顔をして頬を掻いた。
「ごめんなさい、忘れていましたね。この子は白金葵、私の妹です。今日は隣町で開店祝いのお花のご予約があったので、その配達の間を含めて臨時バイトとして店番をお願いしていたのです」
紹介されたアオイさんは、おどおどしながらもペコリと一礼してくれた。
「
上品だけどクロトくんとは対照的な急ぎ足な口ぶり。兄妹揃って童顔というのか若く見える顔立ちのおかげでサクちゃんと同い年くらいに見えた。まあ、サクちゃんも実際の年齢より幼く見えるから同い年には見えないけれど。
「じゃあ、僕と一つしか違わないんですね。初めまして、山吹助六と言います。僕は二十三歳で、去年大学を卒業しました」
「そうなんですか? ではあの、敬語は不要ですから」
「じゃあ、お言葉に甘えて。サクちゃん、ご挨拶できる?」
「は、はい!」
急に知らない人に会ったことで、サクちゃんの目には戸惑いの色が浮かんでいる。僕も昔人見知りで引っ込み思案だったから気持ちはよく分かる。あとは村外の人に自分の容姿をどう思われるのかという心配もあるんだろう。その気持ちも分からなくはないから、ちょっとでも勇気を分けてあげたくてそっと背中に手を添えた。
もしもアオイさんがサクちゃんのことを村の外に広めたり否定的な考えを持つようであれば、お稲荷様がその力をもってして守ってくださる。それに、僕たち世話係だって黙ってはいない。
だから何かあっても大丈夫なんだけど、そうでなくてもアオイさんのことを信じたかった。温厚で村の慣習にもあっという間に適応してくれたクロトくんの妹さんだし、あとは何か、よく分からない。
ただ彼女のことを信じたいし、僕のことを知って欲しい。それに僕も彼女のことを知りたいと強く思う。
「紺野サクラと申します。色守稲荷のお稲荷様の眷属をさせていただいております」
昔どこかで抱いたことがある感情に似た気持ち。それに名前を付けることは簡単だから後回しで良い。今はサクちゃんの方が優先だ。アオイさんはサクちゃんの丁寧な挨拶に恭しく礼を返した。気品ある動きは千歳と良い勝負。流石大企業の社長令嬢。
「まあ、挨拶はそれくらいにして。助六くん、ちょうどチューリップの球根が各種入荷したところですから、どうぞこちらへ」
クロトくんが店の奥を指し示すと、サクちゃんは僕の服の袖をちょいちょいと引いた。本日二回目だけどやっぱり可愛い。
「どうしたの?」
「ボク、お花を見ていても良いですか?」
「もちろん。でも、あまり触ってはダメだからね?」
サクちゃんは目をキラキラと輝かせて頷くと、しっぽをブンブン振ろうとした。慌ててその動きを止めると、サクちゃんはしゅんと肩を落とした。
「しっぽも気を付けてね?」
「はい」
あからさまに肩を落としてしまったサクちゃんの肩を何度か擦る。サクちゃんはへにょりと笑うと、また目に輝きを取り戻した。
「アオイ、サクラくんのことお願いします」
「は、はい!」
ずっとサクちゃんのしっぽやキツネ耳をジロジロと見ていたアオイさん。クロトくんに急に名前を呼ばれてビクリと肩を跳ねさせた。あわあわしている姿はいたずらがバレた小学生みたいで少し笑ってしまった。
「あまりサクラくんのことをジロジロ見ないようにしてくださいね? 自分だって、それをされたら嫌でしょう?」
「はい」
クロトくんに注意されて、アオイさんは肩を落とした。その姿がさっきのサクちゃんとそっくりで可笑しい。
「サクちゃんのことよろしくね」
「はい! 任せてください!」
フンスと握った拳を胸の前に持ってきたアオイさんはその手を降ろした。と、その手が真後ろにあった鉢植えにぶつかった。あっと思ったときには鉢植えがグラリと傾いて床に向かって下降を始めた。
「危ない!」
手を伸ばしながらつい声を上げた。僕の手は鉢植えではなくて、目の前で目を見開いていたアオイさんを捉えた。そのまま抱き込むように庇って目を閉じる。
一向に鉢植えが割れる音がしなくて、恐る恐る目を開けた。すると、サクちゃんのふわふわした真っ白なしっぽが鉢植えを抱き留めてプルプルと震えていた。
「サクちゃん!」
腕の中に抱き込んでいたアオイさんをパッと離してサクちゃんのしっぽから鉢植えを取り上げる。ふっと力が抜けたサクちゃんが倒れ込みそうになるのを受け止めて、レジ前にある椅子に座らせた。そっと手を握るとサクちゃんは握り返してくれた。
「サクちゃん、大丈夫ですか?」
「はい。皆さんに怪我がなくて良かったです」
穏やかに微笑んだサクちゃんを見て胸がキリリと痛む。僕は本来サクちゃんを守るべき人間だ。それなのに咄嗟にアオイさんを庇ってしまった。
「助さん、もしもボクが上手くキャッチできなかったらアオイさんが危なかったので、助さんが動いてくれて助かりました」
右目を黄金色に光らせたサクちゃんが微笑むのを呆然と眺める。お稲荷様は僕のことをどう思っただろうか。失望してしまわなかっただろうか。
「申し訳ありません」
「いや、助さんが謝ることないです!」
サクちゃんはきっぱり言い切ってくれたけれど、お世話係失格と言って良いような行動をとってしまったショックは大きい。曖昧に微笑んでサクちゃんの手を離した。
「助さん、球根を買ってきてください。僕はここで待っていますから」
笑いながらも耳としっぽを垂らすサクちゃんにそう言われて、また胸が痛む。サクちゃんの姿を見ていることが辛いなんて思ってしまう。
「それじゃあ、行ってくるね」
いつも通りを装って、そそくさとサクちゃんの前から離れた。そうしないと心が壊れてしまいそうだった。きっとサクちゃんとお稲荷様には僕の気持ちなんてお見通しなんだろうけれど。
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