第62話 白か黒か
アーケードを潜ってすぐ、サクちゃんは物珍しそうにキョロキョロしながら歩いている。迷子にならないようにその手を取ると、サクちゃんは照れ臭そうにえへへ、と笑ってくれた。
「まずは入ってすぐからね。右にあるのが犬澤さん夫婦がやってるクリーニング屋さんの【White Dogs】と五代さん家の【和菓子五代】、それからその隣が九重草くんと楽くんがやってる【ここのえ薬局】。左にあるのが六川さん家のカズトさんがやってる雑貨屋【サルサ】と八屋さん家の呉服屋【八屋】」
商店街に入ってすぐのお店から説明していくと、今までは地図上でしか見たことがなかったサクちゃんのしっぽがバッサバサと振られる。目も興味深そうにキラキラと輝いて、一緒に来て良かったと思う。
「【八屋】さんは、あの、そ、そうたい? でしたっけ」
「束帯、かな? お稲荷様と契約をしたときの正装だよね」
一瞬包帯のことかと思ったけれど、サクちゃんと【八屋】の関わりに包帯が出てきたことはなかったから、すぐに考え直した。
「はい、それです、束帯です。その束帯を作ってくださった方のお店ですよね?」
「そう、あれは【八屋】の女将のタエコさんが作ってくれたんだよ」
村唯一の呉服屋の女将、八屋多重子さんが作ってくれているのはサクちゃんの正装だけではない。僕たちが代々使っている装束の手直しもしてくれている。そもそもあの装束を作ってくれたのも【八屋】の何代も前の女将さんだと聞いている。
「今日の最初の目的地は、その隣の洋服屋さん。蜂須賀さん夫婦がやってる【シルクロード】だよ」
「ワタルさんのお家ですか。店名は絹の道、ですか?」
「ほら、店主がキヌさんだから。あとはご主人がワタルさんだから、絹を渡るっていうことでつけたらしいよ。あとは、洋服に関しては村で唯一外部との取引をしているお店だから」
「なるほど?」
あまり分かっていなさそうかな。今度シルクロードの本来の言葉の意味を教えてあげよう。サクちゃんは学ぶことが好きだから、楽しんでくれたら嬉しい。
サクちゃんから視線を逸らして【シルクロード】に目を向ける。ショーケースに飾られたマネキンが着ている服もすっかり冬支度をしている。
蜂須賀絹さんはかなり男勝りな性格で、基本的には力技で何事も解決してしまう。けれど手仕事は丁寧で、学用品の刺繍も一手に引き受けてくれている。その仕事ぶりに文句をつけることができる人は誰もいないと思う。
そしてご主人の蜂須賀亘さんは逆に手先は不器用だけど、物腰柔らかで村の中でも緩衝材のような立ち位置にいてくれる。だから集会のときにワタルさんがいるとそれだけで安心できる。
そういえば、キヌさんがサクちゃんと初めて会ったときもグイグイ行くから、サクちゃんが少し委縮してしまっていた。サクちゃんが戸惑いすぎて千歳の背中に隠れようとしてしたところを、キヌさんが思い切りハグをして捕まえたのだ。
ちなみに硬直したサクちゃんをワタルさんが助け出してくれたから、サクちゃんはワタルさんにあっという間に懐いた。キヌさんがまたハグをしようとすると即座にワタルさんの陰に隠れるものだから、つい笑ってしまった。
キヌさんはその対応が意外と気に入っているようで、何度かサクちゃんにちょっかいをかけては豪快に笑い飛ばしていた。キヌさん曰く、サクちゃんは時と場合によってはハグを受け入れてくれるから良い、とのことだ。確かに別れ際のハグは受け入れていた。
「こんにちは」
「お、助とサクちゃんだ。久しぶり!」
案の定カウンターの中から飛び出してきたキヌさんがサクちゃんに抱き着こうとする。サクちゃんはそれを察知して、近くでマネキンの着せ替えをしていたワタルさんの陰に隠れた。
「あっはは、つれないなあ。それで? 今日はどうしたの?」
急にお仕事モードに切り替えられて、そのテンションの緩急に苦笑した。僕は慣れているから良いけど、サクちゃんはワタルさんの陰から不思議そうに顔を出している。
「今日はサクちゃんの冬用のコートを探しに来ました」
「コートね? それなら良いのが入ったよ、サクちゃんに似合いそうなやつ!」
ニコニコと楽しそうに笑ったキヌさんに手招きされたサクちゃんは、ワタルさんの顔を窺った。ワタルさんが朗らかな笑顔で頷くと、パッとキヌさんの方に駆け寄って行った。
「ワタルさん、ありがとうございます」
「いやいや。サクラさんはキヌのことを好いてくれていますから、僕としても嬉しいです」
やっぱりほんわかした空気を背負っているワタルさんに癒されて、サクちゃんの方に向かった。サクちゃんはキヌさんに白と黒のダッフルコートを当てられて、どっちにしようか真剣に悩んでいた。
「サクちゃん、気に入ったの?」
「はい、白も黒もきれいな色ですよね」
ダッフルコートの形自体は丈も短くて、小柄なサクちゃんのひょこひょこした動きにも似合っている。けれどカラーバリエーションが豊富で、中でも新雪のような白と、夜空のような黒が一際美しい。
「試着してみる?」
「お願いします!」
「助が答えるんかいっ」
つい食い気味に答えてしまった。でもきっとあの二着はサクちゃんに似合うから。キヌさんはケラケラと笑いながらサクちゃんの手を引いて鏡の前に連れて行く。サクちゃんは少し戸惑っていたようだったけれど、キヌさんに促されるままに試着を始めた。
まず白い方のコートを着てみる。
「雪の妖精みたいで可愛いね」
「ほんとだ。きれいなもんだね」
僕の感想に、キヌさんもうんうんと頷く。真っ白な毛並みと白い肌にコートの白が馴染んで儚さが増す。サクちゃんはただでさえ可愛いのに、これ以上きれいにもなるなんて反則だ。
次に黒い方のコートを着てみる。
「メリハリがあって良いじゃん」
「そうですね。かっこいい」
これはこれで格好良さのレベルが上がって似合う。白に黒いコートが映えて、逆に黒に白い毛並みと肌が映える。相乗効果でキリリとした印象のある美しさが現れる。
「サクちゃん、どっちが良い?」
内心どっちも買ってあげたいけれど、それをしたらきっとサクちゃんが困ってしまうから。サクちゃんがじっくり考える姿を見守った。
「こっちにします。なんだか、星影の色に似ています」
嬉しそうに微笑んでしっぽを揺らすサクちゃんが選んだのは、黒いダッフルコート。理由が可愛くてついにやけてしまったけれど、すぐに表情筋を引き締めた。
「確かに似てるかも。じゃあ、キヌさん、これ買います」
「はいよ。まいどあり」
無事にサクちゃん用のコートを予算内で手に入れられた。ホッとしながらお財布を仕舞っていると、キヌさんが思い出したように声を上げた。
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