第60話 押されて動けることもある
サクラは眷属様と呼ばれると自信なさげに困ったような笑みを浮かべて耳を垂れさせる。けれどその言葉は真っ直ぐで、それでいて温かく心を梳かす力があるんだと感じる。誰が何と言おうと俺はサクラが眷属になってくれて良かったと心の底から思う。
「サクラ、ありがとうございます」
「ボクは何も。御空さんの強さですよ」
ふんわりと笑ったサクラは口ではそう言っているけれど、しっぽがわさわさと床を叩く。照れていることが丸分かりで謙遜が微笑ましくすら見える。
愛らしくて頼もしい。村のみんなに一瞬で受け入れられて甘やかしたくなる魔性さがサクラにはある。きっと本人は自分が眷属だからだって言ってしまうんだろうけど、眷属ではない、ただの人間のサクラがこの村に来たとしてもすぐに受け入れられていたと思う。
「サクラ、俺はトモアキたちに何をしてあげられると思いますか?」
「そうですねぇ」
うーん、と考えながらお茶を一口啜ったサクラは、コクリとお茶を飲み込むと口の端をくるりと持ち上げた。
「もうしばらく待ちましょう。村の人たちに大々的にお披露目ができるようになったらネコ嫌いの世代の方々にも一度会いに来ていただきます。その時にボクとの仲の良さを伝えます」
「焦ってはいけない、ということですね」
「はい。それで、その時にボクと御空さんで様子を見ましょう。その時にならないと何ができるかは分からないですけど、御空さんなら対応できますよ」
「いや、そんな……」
自信満々に言い切られて戸惑ってしまう。自分に何ができるか分からなくて悩んでいる最中なのにそんなことを言われても。
「御空さんは、今までその時その時で自分に何ができるか考えながら生活してきたと話してくれましたね? それに、お稲荷様の恩恵を最大限活用して自らの能力を開花させています。そんな御空さんだから、ボクはできると断言します」
迷いのない真っ直ぐな黄金色の瞳で見つめて来るくせに、すぐにふわっと笑ってお茶を啜りだす。ギャップの激しい姿に困惑しそうになるけれど、サクラらしいとも思う。
「サクラがそう言ってくれるならば、信じてみます」
「そうですか」
「では、私も背中を押して差し上げましょう」
その透き通った声が耳に心地よく響くと同時に、金木犀の甘い香りが鼻を掠めた。慌てて振り返ると、そこにはやっぱり真っ白なワンピースを纏ったお稲荷様が立っていた。
「お稲荷様、お久しぶりでございます」
「ふふっ、私はいつも姿を見ていますから久しぶりな感じはしませんけれど。ですが会えて嬉しいですわ」
薄い唇をキュッと引き上げて穏やかに笑ったお稲荷様は、サクラの隣に腰かけるとその白い毛並みを柔らかく撫で始めた。
「サクラ、またお茶の淹れ方が上手になりましたね。とても美味しいです」
「えへへ、ありがとうございます。チヨさんとカヨさんに教えてもらってから少しずつ慣れてきて。一人でも美味しく淹れられるようになりました」
サクラがそう言うとお稲荷様は甘い表情でまた頭を撫でる手を動かす。さっきの姿を思い出すとかなりゆっくり、慎重に淹れないと失敗してしまっているように見えた。けれどサクラからしてみれば大きな成長なのだろう。
しばらくサクラを愛でていたお稲荷様は、思い出したように俺を見ると座布団に座り直した。どこから、いつの間に持ってきたのだろうか。
「そうそう、話を戻しますけれど。私も御空ならば彼らのためにその場で考えて動くことができると思いますわ。あなたに加護を与えた守護神ともいえる存在である私が保証するのですから、自信を持ちなさい」
サクラの左目に輝く黄金色と同じ色の炎が瞳の奥に揺らめく。この世に存在する一柱の神が味方で、俺の能力を保証してくれる。それがどんなに有難いことかなんて考えるまでもないことだ。
「ありがとうございます、お稲荷様、サクラ」
三つ指をついて頭を下げると、お稲荷様の鈴のような笑い声とサクラの慌てた言葉にならない声が聞える。サクラを困らせたいわけではないから早めに頭を上げると何かに抱き着かれた。
ずっと触れていたからか星影の香りが強いけれど、サクラの香りとふわふわした白い毛並みが鼻を、頬を撫でる。俺より少しだけ速い鼓動が心地よくて、そっと目を閉じた。
「御空さん、一緒に頑張りましょうね!」
頑張るのは俺だけじゃない。サクラも、一緒に頑張ってくれようとしている。俺の襟を掴んでいるサクラの力強さに安心して、その背中に腕を回した。
「はい」
サクラの厚くはない背中が折れてしまわないように柔らかく、けれど感謝が伝わるように確かに抱きしめる。俺の目の前に座るお稲荷様が俺たちを微笑ましそうに見つめている。その瞳と目が合ってしまって照れ臭さを感じていると、お稲荷様はフッと消えてしまった。
「お稲荷様?」
思わず呼んでしまうと、サクラも身体を離してお稲荷様が座っていた方に目をやっった。するとお稲荷様と一緒に座布団も消えていた。残された金木犀の香りに気持ちが落ち着いて、サクラと視線を合わせて笑い合った。
ふと時計を見るとそろそろいつもの夕ご飯の時間になりそうだった。
「そろそろ帰りましょうか」
「はい。そうしましょう」
二人で湯呑を洗ってから玄関を出る。
「戸締りオッケー!」
鍵をかけてビシッと指さし確認をしたサクラの手元に何か違和感があって首を傾げる。ここに来た目的って、なんだったっけ。
「あ、ゼリー」
「あっ!」
俺の呟くくらいの声を掻き消すような大きな声を出したサクラは、耳もしっぽもピンッと立てた。バタバタと鍵を開けようとして鍵穴に鍵が差さらないのが可笑しくて、つい笑ってしまう。
俺の笑い声にムッと頬を膨らませたサクラから鍵を受け取って鍵を開けてあげると、サクラはバタバタと靴を脱いで中に入る。大きな足音が社中に響いているのがまた可笑しくて、腹の底から笑ってしまった。
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