第58話 温かさ


 子ネコたちが食事を終えると、星影は子ネコたちの首根っこを1匹ずつ咥えて新しいふわふわのタオルを敷き詰めた寝床に連れて行った。


 お腹いっぱいになった子ネコたちがウトウトとまた眠りだしたその横に、星影が寄り添うように丸まった。



「そろそろ休憩させてあげましょうか」


「生まれたばかりだしね」



 ゆるりと微笑んだ助は、まだ子ネコたちを覗き込みたい子どもたちをそっとネコたちの寝床から離れさせた。俺は俺で、作り置いていた麦茶を注いで子どもたちに一人一人手渡した。もう冬になろうとしている季節だし身体は冷やさないに越したことはないけれど、今はこれしかないから許して欲しい。


 子どもたちが零さずに飲めるか見守っていると、少しくぐもった音でパインッと誰かのスマホの着信音が鳴った。ポケットに入れたままの俺のスマホは震えなかったから千歳と助の方を見ると、助がリュックをガサゴソと漁ってスマホを取り出した。



「あ、トモアキからだ」



 頬を綻ばせる助を見て、今日も勉強を見る約束をしていると言っていたことを思い出した。けれど、マナトがここに来られなかったことを考えると、トモゾウさんが何か先手を打っていても不思議はない。嫌な予感に胸がざわつく。



「あー、マジか」



 助が困ったような悲しそうな様子で眉を提げているのをみるに、嫌な予感が当たったようだ。髪をガシガシと掻きながらスマホから目を離した助は、千歳と俺に目配せしてきた。



「トモアキ、しばらくここに来られないそうです」


「そんな……」



 トモゾウさんはそこまでネコが嫌いなのかと絶句してしまう。千歳はふむ、と声を漏らすと考え込むように顎に手を当てた。



「トモアキの勉強の方はどうするんだ?」


「うーん、一応【Dolphin】で会おうかって話をしているところ」


「あのぉ、【Dolphin】って魚谷さん夫婦が開いているカフェで合ってますか?」



 サクラは控えめに、申し訳なさそうに聞いてくる。【Dolphin】を経営している魚谷いるかさんとイサキさん夫婦とは歓迎会以来会っていないからうろ覚えになってしまっていても仕方がないだろう。



「はい。今年の春に開業したんですけど、かなりオシャレで海沿いにありそうな雰囲気の店構えなんです。そうですね、あ、サクラが来たばかりのころに助六がItubeの取材に行っていたカフェっていうのがその【Dolphin】です」


「なるほど」


「あそこなら勉強したり仕事をしたりするのに嫌な顔をしないでくれるから」



 助も補足してくれて、サクラは耳をピクピクと揺らしながらふむふむと頷いた。



「それにしても、トモアキさん、しばらく会えないんですね」



 サクラはしょんぼりしているようで耳としっぽを垂らしてしまう。村の子どもたちの中でもサクラにとってトモアキは一番親しくしているようだったし、無理もない。


 合わせてあげたいと思うけど、いきなり飲食店に連れていくのは難しい。百田食堂はペットと入店できる仕様にしているからいつでもおいでと言ってもらえているけれど【Dolphin】はそういうわけではない。行く前に店主のいるかに聞かないと分からない。



「今日これから【Dolphin】でトモアキと会うので、そのときに聞いておくよ。サクラの入店を認めてくれるならそこで会えるかもよ」


「助さん、ありがとうございます!」



 助の提案を聞いたサクラは嬉しそうに耳もしっぽもせわしなく動かす。感情の波が忙しいな、とついつい笑ってしまうけれどサクラの素直な感情が分かることには喜びを感じる。


 だって最初はサクラの嘘の言葉と笑顔しか知らなかったから。俺たちを信頼してくれているから素直な感情を見せてくれるのではないかと思うとホッとする。



「じゃあ、僕はこれから【Dolphin】に行ってくるね。みんなも帰るよ。送ってくから」


「はぁい」



 みんなネコたちから視線を離すのがもったいないとでも言わんばかりにジッと見つめていた視線を渋々顔で助に向ける。リアクションの大小の差はあれどみんなが同じような顔をしているものだから、助も苦笑いを浮かべていた。


 助に背中を押されてのろのろと帰る支度をする子どもたちの姿をサクラと千歳と追う。



「またいつでも来てくださいね」



 あまりにも帰りたくなさそうに後ろをちらちらと見るからそう声を掛けると、みんな嬉しそうに笑ってくれた。この笑顔を見るとトモアキとマナト、ホナミのことが心配になる。


 それぞれの家の方針とか、人の感情とか。あまり過干渉にはなってはいけないとよく言うし思われる。だけど兄弟のように可愛がっている子どもたちが悲しむ顔は見たくない。


 人の気持ちを読む能力を伸ばすための恩恵をお稲荷様から授かった俺にできることは何かないのかな。でも読むだけしかできない俺に、何ができるんだろう。会って話す。それくらいしか思いつかないけど、それで何になる?


 帰って行く子どもたちに笑顔で手を振りながら、心の中ではそんなことを考えてしまう。俺の存在を受け入れてくれた人たちが全員幸せになれる方策を模索することなんて初めてではないけれど、今回は少し難しいように思う。



「御空さん」



 急にサクラから声を掛けられて顔を向けると、サクラは俺に向かってニコッと笑ってくれた。



「ちょっとお社に忘れ物をしてしまって。一緒に行ってくれませんか?」


「これからお夕飯の準備をするので、できれば千歳と……」


「夕飯は私がやる。サクラのご指名だぞ、行ってこい」



 千歳に背中を押されて玄関の方に押し出される。そのままサクラに手を取られて逃げ場を塞がれた気分になる。



「とはいえ俺は料理ができないから、琥珀が来るまでにできそうなことをやっておくくらいしかできないが。サラダくらいは作っておくさ」



 千歳の頼もしい笑顔に背中を押されるように外に出る。サクラの力強いわけではないけれど穏やかで優しい手。その手の温かさが心地よくて、俺もそっと、壊れ物を包むように握り返した。



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