第57話 愛おしい家族


 玄関が開いて、そろそろと入って来る気配につい笑ってしまう。リビングを出て迎え入れると、黒いリュックを背負った助がほんわかした笑顔を向けてくれた。



「ただいま」


「お邪魔します」


「いらっしゃいませ。助、おかえりなさい。皆さん手を洗ってからソファーの方に行ってみてください」



 ひそひそと話す助に続いて挨拶してくれたミヅキにも笑いかけて、リビングに案内すると、ランドセルを降ろしてキッチンの方で手を洗うように促した。みんなが手を洗い終わったところでソファーに案内すると、ミヅキもミコトもユイナもぱぁっと顔を輝かせた。



「可愛っ、むぐぐっ!」



 元気印のユイナがつい大きな声を出してしまったけれど、即座にカズマがその口を塞いだ。



「ユイナ、大きい声はダメ」


「カズマ、ありがとうございます。ユイナ、大きい声はダメですよ?」



 ユイナはコクコクと頷くとカズマの手をペシペシと叩く。



「カズマ、離してあげてください」



 カズマが手を緩めると、ユイナは大きく息を吸ってカズマに飛びついた。むぅっと頬を膨らませているけれど、大きな声を出す様子ではなくてホッとした。



「お兄ちゃん、ユイの息止まっちゃう!」


「止まらないよ。手加減してるから」


「むぅ」



 ユイナの拗ね顔を見たカズマは楽しそうにその頬をムニムニと触る。カズマはしっかり者で大人びた印象だけど、ユイナに対する優しさや可愛がり方は底抜けだ。


 今まで村の中でも外でもいろいろな兄弟を見てきたけれど、二つしか歳が変わらない男女の兄弟でここまで明確に可愛がっている兄を見たのは初めて。可愛らしくてつい頬が緩むのはいつものこと。



「ふわふわぁ」



 そんな二人をよそにミコトは子ネコたちを見て頬を綻ばせている。その隣にしゃがんでいるトシキはそんなミコトの様子を見てふにゃりと笑った。トシキは活発な子だけど穏やかな一面もあるから気が合うらしい。よく一緒にいるところを見る。



「可愛いね」


「うん、小さくてふわふわしてるね」



 ニコニコ笑い合っている二人は妙に甘酸っぱい空気を醸し出す。


 ミヅキはといえば、助の後ろにぴったりと張り付いて、こっそり子ネコたちを見つめていた。助に視線を送ると、助はしゃがみ込んでミヅキとこそこそ話し始めた。大きな声を出したり注目されることが得意ではない気持ちがよく分かってあげられるのは助だから、ここは任せた方が良い。



「御空」


「はい」


「ミヅキが子ネコさんのお名前教えてってさ」



 助に言われて、そういえばまだ紹介していなかったと思い出した。サクラと目が合うと、耳をピクピクと動かしながら笑ってくれた。それを委託だと捉えて頷くと、サクラは満足そうに微笑んで餅雪の背中を撫でた。



「では、紹介しますね。まず、こちらの大きな黒ネコさんがお母さんネコの星影さんです。こっちの白ネコさんが餅雪くん、黒ネコさんが風月ちゃん、白黒ネコさんが花丸ちゃんです」



 俺の言葉を真剣に聞いていてくれた子どもたちはふむふむと頷いた。


 子ネコたちも流石にもう起きてしまった。星影は我が物顔でサクラの膝の上を占領している。まだ目が良く見えていない子ネコたちもソファーの上で危なっかしく行動を始めて、サクラが一匹ずつそっと床に下ろしてあげた。


 風月はひょこひょこと歩いた先にいたトシキとミコトの足にすり寄った。千歳がサポートしつつミコトが抱き上げると、ニュウッっと細くて高い鳴き声を上げた。


 星影の耳がピクリと動いたけれど、すぐに大あくびをしてサクラの膝に顔を伏せた。サクラも穏やかに微笑んで星影の背中を撫でているから危機的な鳴き声ではないのだろう。


 花丸は鼻をヒクヒクさせながらヨタヨタと歩くと、カズマとユイナの元に辿り着いた。ペチッとぶつかった花丸がニェエッと一鳴きして差し出されたユイナの人差し指に吸い付いた。


けれどすぐにこれじゃない、と言わんばかりに吐き出した。今度はカズマの小指に吸い付くと、必死になってチュウチュウ吸い上げる。



「そんなに吸っても何も出ないよ?」


「ユイの手よりお兄ちゃんの手の方が美味しいんだ」


「それはまたちょっと違う気がするけど」



 ユイナの言葉にアハハッと笑った助は羨ましそうに見つめているミヅキの背中を押して近くで見させてあげている。花丸の目は見えていないし気まぐれとも違うかもしれないけれど、この感じならミヅキの方にも行ってくれそうだ。そっちは任せよう。


 微笑ましく眺めていると、餅雪がオレの足元までちょこちょこ歩いて来たからそっと抱きとめる。餅雪は俺の手をペロペロ舐めたり、小指に吸い付いたり。花丸と同じような行動を見せる。



「お腹が空いたんでしょうか?」


「そうかもな」



 俺の言葉に答えた千歳が風月を星影の近くに連れていくと、星影はサクラの膝の上でコロンと横向きに寝そべった。風月が乳を飲み始めると、匂いに反応したのか餅雪と花丸も星影の方に意識を向ける。



「連れて行ってあげましょうか」


「ニィ」



 俺の声は聞こえていないはずだし、聞こえていたって理解できるはずがないのに反応してくれたことが嬉しくて、愛おしい。つい頬が緩んでしまって恥ずかしい。


 餅雪をサクラの膝の上に下ろすと、三歩歩いたところでコケるようにして星影の元に転がって行った。



「大丈夫?」


「大丈夫、みたいですね」



 俺たちは慌てて駆けよろうとしてしまったけれど、当の本人は何も気にしていないようで転がってちょうど行き着いたところで乳を飲み始めた。みんな一気に気が抜けて笑い出す。


 これからも自由気ままに、のんびり育って欲しい。そんなふうに思う自分を自覚すると、星影も子ネコたちも大切な家族だと思えていることを実感した。



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