第56話 百人百色

side常盤御空



 恋バナをしている二人をキッチンから眺めながら、自分のことを考えた。俺もそろそろ結婚とか考えないといけないころなんだろうな。


 べつに結婚が全てというわけではないけれど、この村で、ましてや世話係でいるからには結婚をして子どもを作らないといけない。おじさん夫婦に子どもができなかったから俺がこの村に来たわけだし、これから生まれるかもしれない甥や姪たちに俺と同じ気持ちを味わわせるわけにはいかない。


 この間隣町まで行ったときに買っておいたピーチティーを淹れて二人の元に持っていく。サクラのしっぽに身を寄せていた星影が香りに気が付いたのか顔を上げる。俺の足元に下りてきてすり寄って来た。



「これはあげませんよ」



 俺が何か食べられそうなものを持っていると必ずすり寄ってくるのはどうしてだろう。俺が作ったものを美味しいと認めてくれているからなのか、それともただ食欲旺盛なのか。何にせよ、これはダメ。



「千歳、サクラ。どうぞ」


「ありがとう」


「ありがとうございます! ほわぁ、いい香りで……! っと、危ない危ない。ありがと、星影」



 テンションが上がったサクラがピンッと耳を立ててしっぽを動かしかけたのを、星影が猫パンチで阻止した。子ネコたちは今の攻防には気がついていない様子ですやすや眠っている。


 反射的に立ち上がった千歳もホッとしたように座り直すと、ピーチティーを一口啜って優雅に微笑んだ。京藤の家は代々躾に厳しくて、千歳も幼少期から所作やマナーを叩き込まれたと言っていた。


 同じ世話係でも家の方針によって色々違っていた。石竹の家はしきたり的なこと以外は自由に育てる方針で、山吹の家は、今の助六からはあまり想像がつかないかもしれないけれどかなり真面目で、厳しく文武両道を求める家だった。


 俺の実の両親は自立を求める教育方針だったけれど、ここに来てから俺を育てた常磐のおじさんたちはそこまで厳しくもなくて、逆にすごく心配されて育った。まあ、俺があまりにもびくびくして生活していたせいだとは思うけれど。


 逆にサクラは研究所で酷い扱いを受けていたわりに、素直で優しさに溢れた子だ。お世話をしてくれていたという人や兄弟とはいい関係を築けていたのかなと思う。


 それぞれ育った環境は違うのに今こうしてみんなで一緒に暮らしていられることが奇跡なんだ。そんなことを考えてちょっと恥ずかしくなった。



「そろそろ助六が帰って来るころか」


「そうですね。もしかしたら、子どもたちも何人か来るかもしれませんよね」


「そうだな。ちょっと片付けておくか」


「じゃあボクも手伝……」


「えないな」


「ですね」



 サクラのしっぽに身を寄せていた四匹のうち、餅雪がぐでっとサクラのしっぽに身体を預けて同化している。風月と花丸はこぢんまりと丸まってサクラの隣で小刻みに寝息を立てているし、サクラにはこのままみんなの抱き枕になっていてもらおう。



「じゃあ、俺がタオル片付けてきますね」


「それじゃ、私は星影のお皿でも片付けるか」



 段ボールから取り上げたタオルをお風呂場で軽く洗ってから洗濯機に入れる。スイッチを入れて、ついでにお風呂が洗われていることを確認してからお湯を張り始める。いつも朝風呂に入った助が洗っておいてくれるから有難い。


 少し様子を見てからリビングに戻ると、静かだけれど人が増えている気配がした。静かにリビングのドアを開けるとトシキとカズマの姿が見えた。



「トシキ、カズマ。いらっしゃい」


「お邪魔しています」



 俺に振り返って挨拶をしてくれた二人が覗き込んでいたソファに座っているサクラ。さっきから動けていないから、あの子たちも子ネコを見に来たのだろう。



「マナトは来ていないのですか?」


「うん、トモゾウさんがマナトがここに来ることを警戒していて。今日もわざわざ学校まで迎えに来てたんだ」



 カズマが教えてくれて、千歳は苦笑いを浮かべた。俺も正直呆れるしかない。まさかそこまでネコが嫌いだとは思わなかった。



「トモゾウさんって、マナトくんとトモアキくんとホナミさんのおじいさんでしたっけ?」


「はい。三田智三さんは村役場に努めているので、琥珀の上司でもありますね」


「それって、琥珀さん、大丈夫なんですか?」


「今、頑張ってくれているところですよ」



 心配そうに見上げてくるサクラに微笑みかける。琥珀はトモゾウさんだけではなくて、村中のネコ嫌いの人たちにサクラとネコが共存している姿を伝えようとしてくれている。俺たちにできることといえばその姿を写真に収めておくことくらいだけど、大抵プロがやってくれるから俺はほとんど何もしていない。


 俺にできることはネコたちをよく見て、健康管理をしたりご飯を作ったり、それくらい。だけどその大切さを理解しているから俺は何もできないと悲観はしない。適材適所で、四人で守る。そんなのいつものことだ。



「カズマはトヨ爺に何か言われたりしていませんか?」


「トヨ爺は何も言わないけど、嫌そうな顔はする。だからあまりネコさんの話はしないように気を付けてる。でもね、ユイナはネコさんに会いたいって言ってたよ」


「助さんがユイナとミコトとミヅキちゃん連れて来てくれるよ。僕たちは走って来たから、置いてきちゃったの」



 トシキはニシシッと笑って眠っている風月の背中を撫でた。


 トヨ爺ことトヨカズさんは、カズマとユイナのおじいさんで村一番の敷地面積を誇る農家だ。発言力は村随一。トヨ爺こそ、この村の鶴だ。



「きちんと説明はしないとですね」



 ネコたちに夢中になっている二人とサクラの目を盗んで千歳に囁く。千歳は深く頷いて、俺の頭に手を乗せた。



「大丈夫だ。みんなでやろうな」



 頼もしいその大きくて繊細な手に安心する。不思議と肩の力が抜ける。



「あ、助さんだ!」



 急に耳をピンッと立てたサクラの声に大窓を振り返ると、坂の下から登ってくる助と、ユイナ、ミコト、ミヅキたちの姿が見えた。



――――――――――――――――

近況ノートにて

『お稲荷様のお使いはじめましたが、村人が多すぎて覚えられません!~一ノ瀬の巻~』

を投稿しました。

ぜひご覧ください。


次回更新予定日は8月5日です。

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