第53話 ナァ、二ィ、ニュウ、ニェエ
出産というのはもう少し時間が掛かるものだと思っていたが、案外すぐに終わってしまったらしい。その瞬間を見てみたかったけれど、何よりも星影も子ネコも元気そうで安心した。
黒、白、白黒の毛並みの3匹の子ネコたちは、必死に星影の乳を飲もうとヨタヨタ移動して、短い足をパタパタ動かす。鳴き声も星影より高くてか弱いもので、自然と庇護欲が掻き立てられる。
「星影、頑張ったね」
「ナァ」
「いいの? 分かった」
サクラが声を掛けると、星影は言葉を理解しているかのようにゆっくり鳴いた。サクラはサクラで星影の言葉が分かるようで、星影のおでこに手を伸ばして撫でてあげる。星影はその手に甘えるように擦り寄りながら、身体は動かさずに子ネコたちに乳をあげていた。
「無事に産まれたことを琥珀たちに連絡しておきますね。サクラは子ネコたちの名前を考えてあげてください」
サクラの頭を撫でた御空がリビングから出ていくのを見送ると、サクラは一生懸命乳を飲む子ネコたちをジッと見つめている。サクラがどんなイメージで名前を付けたいかを聞いてサポートしてあげるのは私や助六の役目だろう。
子ネコたちの目も耳もまだしばらくは開かないから星影のように名前を付けることは難しいだろう。付けるとしたら毛色からとかになるのだろうか。黒、白、白黒。それぞれ違う色だから名前も付けやすそうだ。
「千歳さん、この子たち、抱っこしてみても良いですかね?」
「ああ、大丈夫だ。でも、そっとだぞ?」
三匹ともお腹がいっぱいになったのか、星影にくっついてまったりしているようだ。目を閉じたままの小さな顔がむにむにと動いているのが可愛い。
「星影から離して体温が下がっても危ない。素早くな」
「はい!」
フンス、と気合いを入れたサクラは左目を輝かせると、一匹一匹をジッと観察し始める。それから白ネコを両手に乗せるように抱き上げた。サクラの目には、何が見えているんだろうな。
「ニィ」
「ふ、ふわっふわ!」
細い声を漏らす子ネコをこれ以上驚かせないように気を付けているのだろう、声を抑えてはいる。けれどずっとほわぁっと声が漏れ続けている。それだけじゃなくて目がキラキラと輝いて耳がピクピクと動き続ける姿は可愛さしかない。
「新雪、みたい」
「新雪?」
「ふわふわ。でも、雪と違って、あったかいです」
へにゃっと笑ったサクラは星影の傍に白ネコを戻した。白ネコは離れそうになったサクラの手を捕まえようとしているのか、パタパタと前足を動かしてサクラの手を叩く。だけどサクラを捕まえられないと分かったのか、鼻をヒクヒクさせながらトタトタと星影の元に歩いて行った。
「次は、君かな?」
「ニュウ」
サクラは同じように黒ネコを抱き上げる。鳴き声が星影とも白ネコとも少し違うんだな。何匹かいるからこそ分かることだ。サクラはと言えばまた声が漏れているし、目は輝いていて耳もせわしなく動いている。
「星影の色ですね」
「そうだな。夜空の色だ」
この子が大きくなったら、星影と区別がつかなくなるんじゃないかな。なんて思うくらいには星影にそっくりだ。
この子の色が星影の遺伝だとしたら、白い毛色はお父さんネコからの遺伝だろうか。白ネコは幸運の象徴、黒ネコは不吉の象徴だなんて言われるけれど、私にとっては二匹とも、もちろん白黒ネコも守ってあげたい存在であることに変わりない。
「月、とかですかね。でも、目の色が黄色くなかったらダメですよね」
「良いんじゃないか? 月が黄色いなんて決まりはないからな」
「そうなんですか? でも、絵とかだと……」
「絵は絵。実物は実物だ。ちょっと待ってろ。あ、その子は降ろしてやれよ?」
サクラが黒ネコを星影の傍に降ろしたことを確認してから駆け足に階段を上がる。自分の部屋の本棚から昔出版した写真集を一冊抜き取った。それを持ってまた階段に急ぐ。
リビングに戻ると、白黒ネコを抱き上げたサクラが破顔していた。しっぽがバッサバサと床を叩いて土埃が舞っている。お風呂に入らせるのをすっかり忘れていた。写真集を机の上に置いてサクラの隣にしゃがむ。
「ニェエ」
ネコっぽくない声に一瞬耳を疑った。けれど確かに白黒ネコの鳴き声なようで、サクラの手の中で口がパクパク動いている。白ネコと黒ネコよりも少し声が低いけれど、これが不調を表すのかはもう少し時間が経たないことには分からない。
「千歳さん、この子、色がちょうど半分半分なんですよ。で、背中に一つお花が咲いているんです」
嬉々とした声で教えてくれたサクラがそっと手から降ろすと、星影の傍に寄って行った白黒ネコは、星影のお腹を鼻先でツンツンつつく。星影が横向きに寝転がったと思ったら、白黒ネコはまた乳を吸い始めた。食いしん坊なのかもしれない。
まだまだそれぞれの個性がはっきりとは見えてこないけれど、ちょっとずつ分かって来るだろう。サクラが言っていたお花というのは、このもこもこした雲のような形のブチのことかな。確かに八枚の花弁の花に見えなくもない。
「千歳さん、そういえば何か取ってきていましたよね?」
「ん? ああ。ちょっとな。でもその前に。サクラ、お風呂に入ってこい。しっぽが砂まみれだ。星影のためにも衛生環境は整えてやろう」
「はい!」
「着替えは出しておいてやるから、行ってこい」
サクラはしっぽをなるべく揺らさないようにしているのか、しっぽを手で抱えてゆっくりお風呂場に向かう。そのせいでバランスがとりにくいのかふらついたサクラは、リビングを出ようとしたところで戻って来た御空にぶつかった。
「わっ、サクラ? 大丈夫ですか?」
「んはっ、御空さん、すみません」
御空のお腹に頭を埋める形になっていたサクラは、顔を上げるとフルフルと被りを振った。
「サクラ、どちらへ?」
「えと、お風呂に行ってきます」
「そうですか」
少し考えるように顎に手を当てた御空は、私の方に視線を向けるとふっと笑った。
「よし、俺もお風呂に入ります。一緒に行きましょう」
「わぁ! はい!」
嬉しくなったのかしっぽが動きかけたサクラはまたバランスを崩してふらついた。それを支えた御空に頷いてやれば、御空はそのままサクラに寄り添ってお風呂場に向かった。
ネコたちはいつの間にか身体を寄せ合って眠っている。星影も相当体力を使っただろうし、子ネコたちも初めての世界に疲れたのだろう。
先にサクラと御空の服を届けたら星影のご飯の用意をするとしよう。子ネコたちへの授乳もあるし、多めに用意してやらないと栄養が足りなくなるかもしれない。
ネコたちが起きだしてフラフラと動き出す、なんてことになる前にやれることはやってしまおうか。
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