第52話 芽吹き

side京藤千歳



 色守荘にネコがきた。そんな話はすぐに村中に知れ渡った。というより、春川さんや子どもたちに協力してもらって話を流してもらった。


 星影はサクラがお社に行く間は色守荘でゆっくりと出産の時を待っている。日向ぼっこをしてくわっと欠伸をしたかと思えば、ふらふらと私と御空の近くに来て甘えるようにすり寄ってくる。


 野良猫だったから心配していたけれど、案外人に慣れているのか私たちに警戒することもないようでホッとした。重たそうなお腹を気にしながら歩く星影の様子を気にして、私と御空は必ずどちらかが一階にいることにした。今の星影は二階には上がれないから。


 星影が色守荘に来て三日目、今日も琥珀は役所に出勤。助六は小学校で教員をしている夏井さんが風邪を引いたから代打で出勤しに行っている。


 助六はあのひょうきん者な感じを見る限り意外だろうけど教員免許を持っている。小学校と中学校の社会科と国語科、だったか。大学生のころはひたすら勉強をしていた真面目な子だ。高校生のころまでは勉強が苦手だったから、勉強が苦手な子がどこに躓きやすくて何が嫌なのかを理解できるから教えるのも上手い。


 アイチューブでも勉強のやり方だったり解説の動画を上げているし、普段からトモアキを始めとした子どもたちにも勉強を教えてあげている。たまに今日みたいに臨時で小中学校に出勤することもあるけれど、そういう日は幸せそうにホクホクした顔で帰って来る。


 好きなことを教えることが大好きな子だから、きっと何の枷もなければ教師になっていただろう。世話係は代々自由度の高い職にしかつけないから、教職課程を取ることにも反対されていた。それを押し切って夢を追いかけたのに、助六の身体は時間的に拘束されることに耐えられなかった。


 その結果今のアイチューバー兼家庭菜園担当に落ち着いた。最初のころは悔しそうにしていたけれど、今は幸せそうだからホッとしている。


 助六のことを考えていたら、今日は星影が近寄って来ないことに気が付いた。そわそわと歩いたかと思ったら自分のお尻をしきりに舐めて、私や御空の方を威嚇する素振りを見せる。



「千歳、これってさ」


「ああ、春川さんが言っていた通りだ」



 前もって春川さんから享受しておいた知識に照らし合わせれば、これは出産の兆候だ。黙って頷いた御空は、琥珀が役場から持って帰って来てくれていた大きな段ボール箱の高さを切って低くしたものを物置から引きずり出してきた。


 私も御空もなるべく近づかないようにしながら、いつ出産することになっても大丈夫なように段ボールにタオルを敷き詰めてふかふかの出産場所を用意した。なるべく静かな環境を維持するために琥珀と助六に帰って来るときは静かに入って来るように連絡。ここは御空に任せて私はサクラを呼びに社に向かう。


 ネコの出産に立ち会うときには人間がすることなんてあまりないらしいから1人でも大丈夫だろうけど、なるべく急ぐ。春川さんが教えてくれた動物病院の連絡先は御空も控えているし、どういうときに連絡すれば良いのかも叩き込んでもらっている。


 もしも何かあったときに御空一人で対応することになるのは少し心配ではあるけれど、何事もなく出産が進んだときには私よりも器用な御空が傍にいた方が良い。一匹産まれるごとにタオルを変えるように言われているけれど、私にはそれを上手く遂行する自信がない。


 山を登って社に着くと、縁側から降りたサクラが竹ぼうきで掃き掃除をしていた。後ろ歩きしながら掃いているけれど、先にフリフリと振られているしっぽが地面を叩いているものだから、しっぽで掃除している状態になっている。


 あとでお風呂に入らせないとしっぽが落ち葉まみれだ。



「サクラ!」


「あっ、千歳さん!」



 嬉しそうに手としっぽをブンブン振るサクラ。後ろで土が舞っている。


 駆け足で近づくと、キラリとサクラの左目が黄金色に輝くのが見えた。



「芽吹き……星影ですか!」


「ああ、行くぞ」


「はい!」



 慌てているようであわあわしながら手に持ったほうきをどこに置くか悩んだ結果足元に置いてこっちに来ようとしたサクラは、ほうきを跨ごうとしたところで足を止めてジッとほうきを見つめる。



「サクラ?」


「ちょっと待ってください」



 ほうきをもう一度持ち直して縁側に置くと、サクラはトタトタと私の方に走って来た。



「どうしたんだ?」


「なんか、跨ぐなよ、ちゃんとどこかに置けよって言われているような感じがして。気のせいかもしれないですけど、こういう慌てているときは直感を信じないとろくなことにならないっていう経験則です」


「なるほどな。ま、とにかく少し急ぐぞ。今家に御空しかいないんだ」


「はい!」



 耳をピコピコ動かしながらしっぽをフリフリと振って走るサクラの後を追いかけるように山を下る。走るとサクラの方が足が速い。色守荘に来たばかりのころには筋力が全然なかったサクラも、毎日社に通って、社でも何か作業をしたり子どもたちと遊んだりと動き回っているおかげで少しは筋肉がついてきた。


 少しずつだけど健康になっていく姿にホッとしている。


 色守荘に着くと、シンと静まり返って……いなかった。



「ちょ、え、かわっ!」



 御空が悶える声にサクラと顔を見合わせてリビングに繋がるドアを開けた途端、段ボール箱を覗き込みながら口を押えている御空が見えた。


 その視線の先には星影の傍に集まる黒と白と白黒の三つの塊があった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る