第51話 可愛いの大渋滞

side石竹琥珀



 ネコのための物を買って隣町から帰る車中。ラジオを流しながらファミレスや車屋が立ち並ぶ大通りを緊張しながら運転しているものだから、さっきから手汗が酷い。


 信号待ちで止まっている間に隣をチラッと見ると、助手席で最近流行の曲に身体を揺らしていた春川さんと目が合った。



「春川さん、ありがとうな。本当に助かったよ」



 ネコ用品を迷いなく、かつ安全性の高いものを選ぶことができたのは春川さんのおかげだ。餌にドライとウェット、総合栄養食と一般食なんて種類があることも知らなかった。


 他にもネコ砂は天然素材のみ、食器もネコ用の物を買って、首輪だけじゃなくて迷子用のネームプレートも買った。思ったよりも必要なものが多くて、正直財布の中身が無くなりかけ。あと百四十三円しか残っていない。



「いえ、先輩とサクラさんのお役に立てて何よりですし、私はネコちゃん大好きですから」



 可愛い。微笑みながら首をコテンと傾げるとかあざと可愛すぎるだろ、可愛い。



「ゴホンッ。あー、また分からないことがあったら聞いても良いか?」


「もちろんですよ。あ、この後ネコちゃんに会いに行っても良いですか?」


「ああ、大丈夫だと思う」


「やった」



 はい、可愛い。


 小さく零れてしまったような声と喜びが隠しきれていない緩み切った表情。その全てが可愛く見えてしまう。実際本当に可愛い。


 信号が青に変わって、また車を走らせる。次第に田畑が増えてきて、川を渡ると山の上に見える社にホッと息を吐いた。この川を渡った瞬間に気持ちが楽になるのはお稲荷様がいるからなのか、生まれ育った故郷だからなのか。



 坂を上がって色守荘の駐車場に車を止めると、買ったものを荷台から降ろして二人で中に運ぶ。ここは恰好つけたいところではあるけれど、買ったものも多いし無理はしないでおく。



「こっちお願い」


「はーい。ふふっ、ありがとうございます」



 一番軽そうなものを選んで渡すと、それを選んだ意味に気が付いたであろう春川さんは微笑んで色守荘に入って行った。静まれよ、心臓。


 荷物を降ろしてバックドアを閉めて鍵をかけて。色守荘に入るとほんわかした空気を感じる。



「ただいま」


「おかえりなさい」



 御空がすぐに寄ってきて、荷物を受け取ってくれる。紅茶を名残惜しそうに一口飲んだ千歳が立ち上がるとそれを受け取って、中身を確認していく。


 珍しく助が静かだな、と思って助の姿を探すと、ソファを覗き込むようにしている春川さんと並んで立っているのを見つけた。



「助? 何してんの?」


「しーっ!」



 唇に人差し指を当てる助の真似をしながらソファに近づくと、サクラが丸まって眠っていた。しっぽを抱っこする安定の姿勢ですやすや眠る姿はもう見慣れてきたとはいえ、日に日にちょっと間抜けな顔を晒して眠る姿を見せてくれるようになって、安心してくれているみたいで嬉しくて愛おしい。


 ちなみにサクラは後ろにしっぽがあるから仰向けには寝ないかと思いきや、以外と仰向けでも寝ることがある。まあ、すぐに苦しくなるのかもぞもぞと動いて横向きに向きを変えてしまうけれど。そのときのムッとしているように歪められた顔も可愛いんだよな。



「サクラさん、可愛い、可愛すぎる!」



 春川さんは静かに、声は出さないように気を付けているけれど、動きが騒々しい。可愛いって言うその姿もまた可愛い。



「そういえば、ネコは?」


「ん? ここにいるじゃん」



 助が指さす先を見ると、そういえばサクラが抱きしめているしっぽの先が黒い。よくよく見るとそれは艶がないわけでもないけれどサクラの毛とは質感が違っている。



「この子?」


「そう」



 助がさらりとその黒い塊を撫でると。もぞもぞと動いた塊は耳をピンッと立てて目を少しだけ持ち上げた。ゆっくりとキョロキョロ周りを見回すと、隣にあったサクラの顔をツンツンとつつく。


 それが次第にグイグイと押すようになると、サクラももぞもぞと動いて耳をピンッと立てた。そして眩しそうにしっぽの横から目をチラッと覗かせる。



「ナァ」


「んふっ、ほしかげぇ」



 サクラがネコをしっぽで包み込むように抱き込むと、ネコもそのふわふわなしっぽに身体を摺り寄せる。



「かっっっわいい!」


「おぉ、分かるけど痛いぞ」



 春川さんに肩をバッシバッシと叩かれて痛いけれど、キラキラと輝く目で見上げられると強くは言えない。やんわり抑えようと手を取ると、春川さんの顔がボッっと赤くなった気がして慌てて距離を取った。



「悪い」


「い、いえ……」



 何とも言えない空気にドギマギしてしまう。好きだけど、好きだから、こういうときにどうしたら良いか分からなくて困る。



「ふぁぁ」



 俺と春川さんの間に流れる何とも言えない空気と、助から感じる生ぬるい視線。それを破るようにサクラが欠伸をしながら身体を起こした。まだ眠たそうに呆けた顔に後ろの髪? 毛が跳ねている姿はゆる可愛い。



「ナァ」


「おはよう、星影。あれ、琥珀さん、おかえりなさい」


「おう、ただいま」



 耳を垂らしてニコニコ笑ったサクラの頭を撫でると、気持ちよさそうに目を細めてくれる。微笑ましい気分になっていると、サクラの膝に手を置いたネコにジッと見つめられる。なんだか値踏みされている気分だ。



「春川さん、ですよね。いらっしゃいませ」


「はい、お邪魔しています。あの、ネコちゃんのお名前、星影ちゃんって言うんですか?」


「はい。星影です。あ、妊婦さんなので抱っこはやめてあげてください」


「分かりました。見てるだけでも幸せですよ。あ、サクラさんは撫でても良いですか?」


「は、はい。えっと、優しくお願いします」



 可愛すぎる二人のやり取りを見たいけれど、目を逸らしてはいけない気がしてネコ、星影の目をジッと見つめ続けた。かと思ったら急にプイッとそっぽを向かれて背中を見せられた。



「え、これはどういう感情? 俺、嫌われた?」


「んー、撫でて欲しいんだと思います」



 サクラの左目が星影を捉えるとキラリと光る。能力はネコにも使えるのか。


 サクラの言う通りに星影のおでこの辺りを撫でてあげると、星影は満足げに目を細めてくれた。



「琥珀だ。よろしくな」


「ナァ」



 正確なところは分からないけれど、嫌われたわけではないことは分かる気がする。


 正直、村の人たちに歓迎してもらえるかは確かなことは言えない。だけど、ここで暮らすことになるならば星影も俺たちの家族で、この村の一員だ。俺にできることはなんだってやってやる。サクラに抱く愛情と同じだけの愛情を星影にも、お腹の中の子どもにも注いであげたい。



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