第49話 星の光


 色守荘に連れ帰られたネコさんは、千歳さんとボクでお風呂場に連れていくことになった。マナトさんたちは御空さんと助さんに呼ばれてキッチンや二階に分かれていった。向こうのことはお願いしよう。



「お風呂はストレスになるだろうけど、流石にこのままにしておくわけにはいかないからな」



 千歳さんは申し訳なさそうにしながら、ネコさんの身体に絡まっている植物の種子を一つそっと外した。種子とゴミを外してタオルで拭いてあげたら軽く毛並みを整えてあげるらしい。それをやるならここが一番勝手が良いということだ。



「サクラも手伝ってもらえる?」


「はい!」



 千歳さんと手分けをしてボクは頭の方から、千歳さんはしっぽの方から種子やゴミを外していく。痛くないように慎重にやっていたら、ネコさんも暴れずに待っていてくれて助かった。たまにボクの手を舐める舌がザラザラしていて、くすぐったいけど気持ちいい。



「お腹も空いているでしょうし急ぎたいんですけど、量が多いですね」


「そうだな。それにしても、さっきは驚いたぞ。サクラは狩りができたんだな」


「昔兄弟に教えてもらったので、少しだけはできますよ。ただ、狩猟本能も素早さも純粋なキツネには敵わないですから研究所で一番下手くそでした」


「まあ、サクラは半分人間だからな。でも、ここでは誰もできないことだから。もしこれからも何かあったら頼るかもな」



 千歳さんは一瞬だけボクを見ると、ネコさんから種子を外す手を止めないまま微笑んでくれた。千歳さんの言葉に救われた気がして、つい手が止まる。


 キツネとしても人間としても中途半端なボクは、大抵のときには出来損ないだと実感してきた。キツネなら当然できることはできないし、人間なら当然できることもできない。気にしていないフリをしていただけで、ずっと悩んでいたことだった。


 だけど千歳さんはポジティブに言い換えてくれて、それだけで心がスッと軽くなった。中途半端だからこそ、キツネにはできないことも人間にはできないこともできる。それがどれくらいあるかは分からないけれど、これから探そう。この村でみんなと過ごしていれば、きっと少しずつ分かってくるはず。


 だって千歳さんたちはボクのことを見ていてくれるし、きっと力になってくれるから。



「ありがとうございます」


「何のお礼だ?」



 千歳さんは不思議そうにしていたけれど、どう説明すれば良いのか分からない。言葉を探していると、千歳さんはボクの頭に手を伸ばそうとして途中で手を止めた。



「今撫でたらせっかくのサクラの白い毛が黒くなるな」


「ですね」


「さあ、大体のゴミは取れたし助六が用意しておいてくれたタオルを濡らして拭いてあげようか」


「はい」



 シャワーでお湯を出して、ネコさんが濡れないようにタオルを濡らす。しっかり絞ってからネコさんの身体を拭くと、黒と茶色だった身体から汚れが取れて、真っ黒な身体が現れた。



「黒猫だったのか」


「かっこいい! ボクとは真逆の色ですね」


「きっと食事を改善したらもっと綺麗な艶のある毛になるぞ」


「確かに。ボクもここに来てから毛がどんどん綺麗になっていますし!」



 元々綺麗な自信はあったけれど、今はもっと綺麗になっている。ついでに顔周りの肉付きも良くなってきて随分丸顔になったと思う。



「黒猫は忌み嫌われることもあるが、サクラの元にいればきっと大丈夫だろうな」


「それは、どういう?」


「いや、何でもない。早く梳かしてやってご飯を食べさせてやろう」



 これまた助さんが用意しておいてくれたブラシでネコさんの毛並みを整える。ボクもこれと同じブラシを使っているけれど、ブタさんの毛でできているらしいこの少し硬いブラシで梳かすとあっという間に毛並みが整って艶も出る。いつかブタさんにお礼が言いたいな。


 ブラシを何度か動かすと、すぐに効果が出てきてネコさんの真っ黒な毛に光が差した。そっと光に触れてみると、毛の手触りも幾分か滑らかになっている。



「さっきよりずっと良くなりましたね」


「ああ。さ、リビングに行こうか」


「ナァ」



 また千歳さんが毛布越しに抱きかかえると、ネコさんはボクを見上げて一鳴きした。少し不安そうな声に聞こえて、安心してもらおうと思って頭を撫でるとネコさんは目を細めた。そのまま丸まったネコさんに千歳さんはホッと息を吐いてリビングに向かった。



「あ、サクちゃん! おぉ、ネコさんも随分と綺麗になって」


「黒猫さんだ!」


「可愛い!」



 マナトさんたち三人とトモアキさん、そして助さんがネコさんを覗き込むと、ネコさんは助さんの顔に肉球を押し当ててプイッとそっぽを向いた。助さんがショックを受けているのを見て笑いを零した千歳さんがネコさんをソファの下に降ろすと、キッチンから出てきた御空さんがお皿を持ってきてくれた。



「鶏肉と鮭、ほうれん草を味付けしないで炒めたものです。水も多めに入れてありますし細かく刻みましたから食べやすいとは思うんですけど」



 御空さんが少し不安そうに差し出したお皿の匂いを嗅いだネコさんは、一口食べるとすぐにがっつくように食べ始めた。



「美味しいですか?」


「ナッ!」



 ボクが聞くと顔を上げて短く返事をしたと思ったらまたすぐにクチャクチャと食べるネコさん。その姿を見ていたみんながほっこりした気持ちになった。



「そういえば、この子を飼うのでしたら、名前は決めましたか?」


「サクちゃん、決めてあげてよ」



 御空さんと助さんにそう言われて考えるけれど、あまり知っている言葉も多くないから良い言葉が思いつかない。



「夜の空みたいな綺麗な毛色と星みたいにキラキラした目をしているから、それにちなみたいんです。でもいい言葉が浮かばないんですよね」


「ふむ。それなら星影などどうだ?」


「ホシカゲ?」


「ああ、星の光、という意味の古い言葉だ」


「星の光……星影……良いですね!」



 あっという間に食べ終わってクタッと横になるネコさんの隣に寝転んで顔を近づける。さっきと同じようにおでこを撫でてあげると、ネコさんは大きな口を開けて欠伸をした。



「君のこと、星影って呼んでも良いですか?」


「ンナ? ナァ!」



 星影は満足そうにボクの手に頭や身体を擦りつけてくる。



「決まりだな」


「ですね」


「星影ちゃーん」



 千歳さんたちが名前を呼ぶと子どもたちも星影を呼ぶ。星影はひとまとめに返事をすると身体を丸めて眠りだした。



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