第48話 ネコさん


 しばらくして琥珀さんと千歳さん、御空さんがボクの部屋に顔を出した。ビクリと肩を跳ねさせるマナトさんとトシキさんの肩に手を、カズマさんの身体にしっぽを巻きつけた。



「安心しな。ネコは色守荘で引き取る。今から引き取りに行きたいんだが、案内してくれるか?」


「はい!」



 三人の顔がぱあっと明るくなったのを見てホッとした。ボクだけではどうしたら良いか分からないことも、四人はこれからもこうやって助けてくれるんだろうな。



「じゃあ、お迎えは三人とサクラ、千歳。御空と助には弱っていたり汚れていたりするだろうからお風呂と簡易的な寝床、あと食事の用意を頼む。下にまだトモアキだけ残ってくれているから、手伝ってくれるはずだ。俺はその間に街のペットショップで必要になるものを調達してくる」


「琥珀、必要なものとか分かるの?」


「春川さんが昔ネコを飼っていたことがあるって言っていたから、聞いてくる」


「春川、さん?」



 たしかさっき聞いた名前だ。どの人だったかな。



「春川友奈さんは村役場の職員さんで、琥珀の後輩さんですよ」


「琥珀の彼女」


「彼女じゃない!」


「え、まだ告白してないの?」


「助!」



 助さんがニヤニヤしながら弄ると、琥珀さんは顔を真っ赤にしながら助さんを捕まえた。チョークが決まって助さんがもがいているのをぼんやり見ながら考えていると、ようやく思い出した。



「琥珀さんがやけに慌てていた方ですね」


「ちょ、サクラまで!」



 琥珀さんに連れられてボクの前に来た春川さんは、ボクの姿を見て目を輝かせていた。村の出身ではないらしいけれど、獣人が好きで仕方がないらしい。


 テンションが上がって、いつもよりも琥珀さんとの距離が近くなっていたのだろう。春川さんが琥珀さんに触れるたびに琥珀さんは分かりやすくあわあわして、顔を赤くしていた。



「そもそもこの村に若い女性って少ないですよね?」


「村出身の同い年くらいの女性はみんな外に出てるし、何人かの結婚式には参列もした。外から来てくれた人の中でも独身の女性は春川さんくらいだ」



 ほかに若い女性と言えば大学生のホナミさんくらいだ。高校生にも女の子はナオさんしかいないことを考えると、この村の将来がかなり心配になってくる。



「ま、この話は置いておいて。手遅れになる前に迎えに行こう」



 千歳さんの言葉に全員が頷く。御空さんと助さんはトモアキさんにも声を掛けて、キッチンと物置に分かれて用意を始めてくれる。ボクはマナトさんとカズマさんと、千歳さんはトシキさんと手を繋いで外に出た。千歳さんは空いている手に自分の部屋から持ってきた薄手の毛布を持っている。


 一緒に外に出た琥珀さんは、春川さんが一緒に買い物に行ってくれることになったとスキップしながら車庫に向かった。お稲荷様の力がなくても琥珀さんの今の感情は手に取るように分かる。


 五人で少し早足に歩いて河原に着くと、三人はパッと茂みに駆け寄った。ボクと千歳さんもあとを追って、後ろから静かにそこを覗いた。


 茂みの中の入りにくいけれどゆったりとスペースが開いている空洞。そこにお腹の大きな黒と茶色が混ざったような色のネコさんが一匹、荒い呼吸をしながら倒れていた。お腹は大きいのにあばらは浮き出ていて、彼女が十分な食事を取れていないことは分かった。



「とにかく保護しよう」



 千歳さんがカズマさんと協力してネコさんを茂みから連れ出そうとしているのを見ながらボクに何かできることがないか考えていると、視界の端で素早く動く影を見つけた。



「痛っ」


「千歳さん! 大丈夫ですか?」


「ああ。大丈夫だ。悪いな、驚かせて。大丈夫だ、安全なところに連れていく。ご飯もあるぞ」



 千歳さんがネコさんに話しかけるけれど、ネコさんはフーッと威嚇を続ける。自分の体力は限界が来ているはずなのにお腹の中の子どものために頑張ろうとする声。脳裏に彩葉さんの姿が浮かんだけれど、今ではないと頭を振って掻き消した。


 集中して、相手の動きを読む。今のところこっちを警戒している様子はないけれど、やつもボクのことを恐れる感情を持っていることを忘れてはいけない。


 シロくんに聞いたことを思い返しながら、空気と一体になって気配を消す。


 影が無防備にもこちらに寄って来た瞬間。


 バッと飛んでやつを手の中に捉えた。逃げようと動き回る温かい命。



「いただきます」



 その首元に犬歯を突き立てると、手の中から悲鳴のような細い鳴き声が一瞬だけ聞こえてすぐに消えた。ボクはこの瞬間がどうしても苦手だ。味もあまり好きではないから狩りはあまりしたくなかった。狩りが下手なのも、相手の命を奪うことを躊躇ってしまうからだった。


 だけど今は彼女の命を確実に繋ぐためにこの命が必要で、命をいただいたからには全て丁重にいただかせてもらう。彩葉さんが読んでくれた絵本に出てきた生贄の儀式みたいだ。


 二本足の特権を生かして、狩ったネズミを咥えずに両手で持って走った。千歳さんの腕から逃れようと必死に威嚇する彼女。その目の前に今狩ったばかりのネズミを差し出した。



「うわっ!」


「ギャッ!」


「ネズミ!?」


「サクラ、これ!」



 四者四様の反応をしてくれた四人の方も気になるけれど、彼女がボクをジッと見つめてくるから目が離せない。今目を離したらいけないと、本能で分かる。


 左目が疼いたから少しだけ左目に力を入れると、ネコさんの中には夜の空が広がっていた。暗い闇の中にいくつかだけ見える星。月は雲に覆われている。


 ただジッと見つめ合い続けると、ネコさんはボクから目を離してネズミを口にくわえた。ネコさんがゆっくりと茂みの奥に戻ってしばらく。辺りを血生臭い香りとぐちゃぐちゃという咀嚼音が覆う。四人が鼻を抑えているのを見て申し訳なくは思うけれど、今はネコさんの信用を得ないといけない。


 咀嚼音が止んですぐ、ネコさんは口元についた赤い液体を舐めながらボクの元までゆっくりと歩いて来るとボクの膝にすり寄ってきた。



「ありがとうございます。ボクのお家にいらしてくださいね」


「ナァ」


「千歳さん、お願いします」


「あ、ああ」



 千歳さんがネコさんに負担が掛からないように抱き上げてくれて、ボクたちはそのまま急ぎ足で色守荘に戻った。

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