第45話 サラダと餃子
数の家と呼ばれる名字に数字が入っている昔からこの村で力を持っている一族の人たちから始まって、村の人たちが代わる代わるボクの前にやって来た。全員と挨拶をし終えたころ、やけに左目が熱く感じた。何かが燻っている感覚に左目を押さえるけれど、一向に収まりそうな気がしない。
「サクラさん、お疲れさまでし……え、サクラさん?」
ボクは料理が届きにくいところにいるから気を遣ってくれたのか、トモアキさんが餃子やハンバーグ、サラダなどたくさんのものが載った大きな紙皿を持ってきてくれた。それを見た瞬間、燻っていたものがスッと消えてなくなった。
「大丈夫ですか? どこか体調が優れませんか?」
「いえ、大丈夫です」
「そうですか? 何かあったら僕でも良いのでおっしゃってくださいね?」
今のは何だったのか、お稲荷様に何かあったのかと思いながら左目から手を離す。心配してくれたトモアキさんに微笑んで頷くと、トモアキさんは眉を下げたままボクに紙皿を差し出した。
「サクラさん用にとっておいたものです。一応全種類は載せてありますけど、おかわりしたいものがあれば言ってください。唐揚げとかポテトは終わってしまっていますけど……」
「ふふっ、ありがとうございます」
尻すぼみに申し訳なさそうに話すトモアキさん。自分が全部食べたわけでもないのにそんな顔をしてしまうトモアキさんは本当に優しい人なんだろうと思う。
トモアキさんが自分の座布団に戻って行くのを見送ってから紙皿に視線を落とす。その瞬間お腹の中の虫の声が聞えて、朝から何も食べていなかったことを思い出した。みんなが食べている間もずっと挨拶をしていたから、この会が始まってからは乾杯したときに飲んだオレンジジュースしか口にしていなかった。
「いただきます」
まずは、サラダかな。サツキさんが作ってくれた茶色いドレッシングがかかったレタスとチキンとトマトのサラダ。作っているときからニンニクとオリーブオイル以外にも見たことがないものを次々に入れていたから、どんな味になるのか気になっていた。
サツキさんのお兄さん、ソウタさんとガクさんが海外旅行に行ったときにホテルの人に聞いて来たレシピで、九重家ではメジャーな料理らしい。シーザーサラダと言っていたけれど、ボクは初めて食べるもの。ちょっと緊張しながら一口頬張った。
あ、ニンニクだ。これは何? このカリカリしてるやつ美味しい。レタスはシャキシャキしててチキンは柔らかい。複雑な味がする。卵の味もするかな。いろいろな香りが混ざって、味もいろいろ混ざってる。でも全部あるから良いのかも。
「美味し」
「あ、サクちゃん、何食べてるの?」
「助さん、アルトさん! このサラダすごく美味しいですね」
「サツキが作ったやつだね」
ジュースが入ったグラスを片手に、ボクの方に来てくれた助さんとアルトさん。ボクの前に置かれたままだった座布団に腰を下ろした二人は、ボクの手の上にあるお皿をマジマジと見ている。
「あげませんよ?」
「大丈夫、僕たちはもう食べてきたから。安心していいよ」
「サクラはやっと食べれるんだもんね。ゆっくり食べな」
二人の言葉に甘えてまた食べ始める。サラダの次は、ボクも手伝った餃子にしよう。
「あ、サクちゃん、餃子には塩コショウがおすすめだよ」
「いやいや、ポン酢でしょ」
「餃子には醤油じゃないんですか?」
ボクはずっと、彩葉さんの真似をして醤油で食べてきた。父さんは何もつけてなかったけれど、あれは味の問題というよりは面倒臭かったんだと思う。研究が忙しい時期だとポイポイと口に放り込んで、すぐに食べ終わっていなくなってしまった。
「結構人それぞれだよ。千歳は柚子胡椒が好きだし、琥珀は味噌とマヨネーズのタレで、御空は青じそドレッシングかごま油にコショウ入れることもあるかな」
「色守荘の中でもみんな違うんですね」
「うちはみんな育った環境が違うしね。だから餃子の日はみんなそれぞれタレを作って食べてるよ。洗い物は増えるけど、その日だけだしね」
今度みんなのおすすめを試してみたいな。とりあえず今日は醤油で。と思ったけれど、醤油がボクからは遠いところにしかないから別のものにするかな。とりあえず目の前にあったタレを少しかけてみる。ドロッとしているけれど、何のソースだろ。
ゴマの香りとソースの少しツンと鼻につく香り。味はマイルドだけどこってりとまとわりつくソースが餃子を一気に和風の味に変えた。けれど量を少なくしてあったから餃子のうまみも消えていない。大きめサイズのキャベツの食感もするし、お肉の味もする。
「美味しい」
「へぇ、とんかつソースって餃子にも合うんだね。なんか意外」
とんかつソース。存在は聞いたことがあるけれど、初めて食べた。もう一度ボトルを見てみるけれど、ラベルが剥がされた痕だけがあって文字らしいものが何もない。
「ああ、それは僕の手作りだよ。一昨年ようやくレシピが完成してね。野菜に合いやすいように調整してあるから合うのかも」
「それじゃあ僕が家で試しても合わない可能性があるのか」
「いや、多分大丈夫じゃないかな。とんかつソースの野菜炒めとかなら、僕も市販のソースで作ったことあるけど、結構美味しかったよ」
料理の話で盛り上がる二人を見ながら食べ進めていると、奥の方で一塊になっている子どもたちを見つけた。カズマくんとトシキくんと、マナトくん、だったかな。ボクを見つけてくれた三人だ。
他にも集まって話をしている子どもたちはいるけれど、三人の顔だけが少し不安そうに見えて気になった。さっきトシアキさんに頼まれたこともあるし、あとで三人と話してみよう。
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作者あとがき
ここまでお読みいただきありがとうございます。
本日より不定期で近況ノートに吉津音村の住人のまとめ情報を掲載させていただきます。新しいまとめ情報が掲載できましたら都度あとがきとTwitterでお知らせいたします。よろしければご一読ください。
また、近況ノートのコメント欄は本作の読者様同士のコミュニティの場としていただければと思います。そちらもぜひご利用ください。
本日は
『お稲荷様のお使いはじめましたが、村人が多すぎて覚えられません!~序章~』
を掲載させていただきました。
これからも応援のほどよろしくお願いいたします。
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