第44話 お出迎え


 庭に出るとそこにはたくさんの大人が集まっていた。ボクは何をしたらいいのか分からなくて、琥珀さんと千歳さんがお辞儀をしたり少し会話をしている隣でひたすらペコペコと挨拶をしていた。


 来てくれた人たちは僕を見ると笑顔になってくれたり、涙ぐんだり。時折手を合わせて拝まれたりもして、みんな本当にお稲荷様を大切に思っているんだと分かった。



「おお、サクラよ。久しぶりじゃのぉ。身体はもう何ともないのかの?」


「村長さん、こんにちは。おかげさまで元気です」


「ほっほっほ。そうかそうか。琥珀、千歳、お招き感謝するぞい」



 村長は笑いながらボクたちの前からいなくなると、庭に置いてあった椅子の一つに腰かけて隣の人と話し始めた。



「ごめんなさいね、マイペースな人で」


「チヨさん!」


「ふふ、久しぶりね、サクラちゃん。今日は息子夫婦も一緒なのよ。こっちが長男の寿明とお嫁さんの樹さん。こっちは次男の寿幸とお嫁さんの和子さん」


「こんにちは、紺野サクラです」



 チヨさんが紹介してくれた四人に向けて笑顔を浮かべながらも、内心困った。トシアキさんとトシユキさんはかなり似ていて、慣れるまではどっちがどっちか分からなくなりそうだ。



「息子がお世話になっています」



 トシアキさんに握手を求めれられたから片手を差し出して握りしめた。トシアキさんからは何故か仕事の日の琥珀さんから感じるものと同じ、木と金属が混ざった匂いがする。



「息子さん?」


「トシアキさんはトシキのお父さんだよ」



 琥珀さんが教えてくれて、なるほどと頷いた。確かにどこかトシキさんと似ているかもしれない。つまりはトシユキさんにも同じことが言えるのだけれど。



「その節はありがとうございました」


「いえ。あの、サクラさん。私としてはトシキがあの時間に外にいたことが不思議なんです。よろしければ今度、トシキから聞き出してはくれませんか?」


「分かりました。聞いてみますね」


「ありがとうございます」



 ニコリと微笑む姿に何故か本能的な警戒心が湧いてくる。気が付かれないように飲み込んで笑い返すと、トシアキさんはイツキさんと一緒に家の中に入って行った。そのあとに続くようにボクの前からいなくなったトシユキさんとカズコさんは庭にいた一組の夫婦の元に行った。すれ違いざまにカズコさんから、御空さんの部屋で嗅いだことがある接着剤の匂いを嗅ぎ取った。



「カズコさんって、御空さんみたいに接着剤使うんですか?」


「ああ、カズコさんはストラップとか小物を作って販売している人だからな」



 千歳さんの言葉に納得している間にも、ボクたちの前にはどんどん人がやってくる。


 ほとんどの人が自己紹介は後でにしてくれたけれど、ここで自己紹介をしてくれた少しの人たちですら半分くらい顔と名前が一致していない。まだ子どもたちの中にも名前を聞くことができていない子がいるし、どうしよう。頭の中がぐるぐるしているけれど、とにかく笑顔で挨拶をし続けた。


 ようやく列の終わりが見えたころ、ふとさっきトオルさんとアズキさんが言ってくれた言葉を思い出した。今はほとんどの人の名前が分からないけれど、ここで暮らしていればいつかは覚えられる。


 そう思った瞬間、肩の力が抜けた。あとでトオルさんとアズキさんにお礼を言わないと。



「ごめん、遅くなった」


「いや、時間的には問題ないよ」


「子どもたち、みんな来てくれて助かった。声かけてくれてありがとうな」



 列の一番後ろに並んでいた人。琥珀さんとも千歳さんとも親し気に話す男性は、二人と同い年くらいだろうか。彼はボクに視線を向けると、興味深そうにマジマジと耳の先からしっぽの先まで見られた。気恥ずかしくて琥珀さんに視線を送ると、琥珀さんは笑いながら彼の肩を叩いた。



「アルト、そのくらいにしてやってくれ。サクラが困ってる」


「あぁ、それもそうだね。こんにちは、えっと、どう呼べばいいの?」


「サクラで良いですよ」


「そっか。じゃあサクラ。僕は小学校と中学校で音楽を教えている秋音有人です。よろしくね」



 ニコニコと笑うアルトさんに、琥珀さんと千歳さんは揃ってため息を吐いて笑った。僕とアルトさんが首を傾げると、千歳さんはボクの頭をさわさわと撫でた。



「眷属様に初っ端からため口を遣う大人を始めて見たものでな」


「いくらあの眷属様だって言ってもサクラはまだ中学生くらいに見えるし、他の子と同じように扱った方が良いかと思って」


「いや、サクラはトモアキと同い年だよ。だから普通に数えたら高校生」


「そうなの? でも確かにトオルとアズキよりは身長もあるか。ごめんね?」


「いえ、お気になさらず」



 年相応に見えない見た目をしていることはここに来てからよく分かった。研究所ではあまりきちんと食べていなかったんだろうし、ボクの部屋、というより檻は少し狭かったから身体を縮こまらせていることも多かったし。トモアキさんと同い年に見えなかったとしても、それはボクの方に非がある。



「琥珀! 千歳! サクちゃん! そろそろ戻ってきて!」



 大きな声で呼ばれて振り返ると、大窓から助さんがこっちに向かって手を振っていた。手を振り返して応えると、琥珀さんがアルトさんに断ってボクの背中に手を添えた。


 家の中に入ると御空さんと助さんがキッチンから出てきていた。御空さんに誘導された席の前に立つと家の中と外にいる村中の人の顔が全て見えて、ゴクリと唾を飲んだ。



「サクラ、これから村の人たちが順番にサクラのところに話に来る。だけど、今日だけで全員を覚えられなくても大丈夫だからね」


「はい」



 琥珀さんの笑顔と、千歳さんが頭を撫でてくれる手の温かさ。助さんがボクの前に置いてくれたクッキーと、御空さんが淹れてくれた紅茶。その全てから勇気をもらって、ボクはボクのために用意された椅子に腰かけた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る