第43話 アズキがトオル


 カズマさんがユイナさんを抱えて琥珀さんの後ろに行くと、今度は琥珀さんの背中にぶら下がっていた子と向こうで座っていた子が琥珀さんに押し出されてきた。身長はあまり変わらなさそうな二人。立ち姿もキリリとしていてかっこいい。



「じゃあ、俺から。中学一年の七瀬透です」


「トオルさん、良い声してますね」


「え? あ、ありがとうございます」



 トオルさんは面喰った様子で目を見開いた。低くて落ち着きのある声が少し羨ましい。ボクは去年ようやく声変りをして、それでも声は低くなりきらなかったから。



「良かったね、トオル。良い声だって! あ、僕は八屋小豆です! トオルと同い年です! そうだ、先日は装束のお買い上げありがとうございました!」



「えと、アズキさんは、八屋さん?」


「あははっ、苗字は八屋だし、呉服屋【八屋】の息子でもありますよ」



 僕の聞きたかったことを汲み取ってくれたアズキさんは、いたずらっぽく笑う。その腕はトオルさんの肩に回されていて、トオルさんは逃れようともがきながらも頬は少し緩んでいる。



「そうだったんですね」


「はい。サクラさんさえよければ、普段も着物とか着てくださいね。慣れれば案外着心地も動きやすさも兼ね備えた良いものだって思いますから」


「アズキは普段から着物を着ているんですよ」


「そうなんですか」



 トオルさんが教えてくれて少し驚いた。着物を普段から来ている人の方が少ないと彩葉さんには聞いていたから、まさかこんなに身近にいるとは思わなかった。彩葉さんの知り合いには毎日着物を着て、羽織の袖に手を突っ込んで厳しい顔をしているのがいつもっていう癖の強い人もいたらしいけれど。



「まぁ、今日は動くから洋服ですけど。逆に洋服の方が着慣れないくらいです」



 アズキさんは恥ずかしそうに頭を掻いた。それを見たトオルさんが微笑ましそうに笑っているのを見て、お互いに信用し合っている友達がいることの素敵さを実感した。ボクには友達なんてできたことがないし、友達が欲しいと思うことも少なかったから、二人の姿がやけに新鮮に見えた。



「よし、これで半分くらいは終わったか。サクラ、覚えられてる?」


「はい、このくらいなら余裕です」



 何せ、この何十倍もの人数の兄弟がいるから。一度にたくさんを覚える経験はなかったけれど、顔や特徴を覚えておかないとそれぞれの部屋に餌を置いたりお風呂に入れたりする手伝いをするときに困るからときちんと覚えるようにと昔から父さんに言いつけられていた。



「まだこの後もたくさんの人が来るけど、一回で覚えられなかったら俺たちに聞いてもいいからな」



 琥珀さんはそう言って僕の頭をくしゃりと撫でた。片側だけ上げられた口角に見える自信と頼もしさが有難い。



「サクラさん、今日覚えられなくても、毎日顔を合わせていれば嫌でも覚えますから」


「そうそう。僕たちだって小さいころからそうしてきたから覚えているんですから!」



 トオルさんとアズキさんにも励まされて、少し肩の力が抜けた気がした。自分ではそこまで意識していなかったけれど、本格的なお使いのハジマリを迎えて緊張していたらしい。



「ありがとうございます。少し安心しました」


「わぁ、しっぽフリフリしてる! 可愛い!」


「アズキ、眷属様に失礼だろ」



 また無意識にしっぽを振ってしまっていたらしくて、恥ずかしくなって視線を逸らした。けれどその先にはトモアキさんがいて、クスクスと笑っているものだからもっと照れ臭くなった。



「まったく、トオルはそんなに怒ってばかりいたらせっかくの垂れ目が吊り目になっちゃうよ?」


「誰のせいだ」


「やっぱり先生になるなら笑顔の方がいいよね」


「安心しろ。俺が怒るのはアズキぐらいだ」


「やった、僕は特別なんだね!」


「何故そうなる」



 トオルさんに注意されても明るく笑っているアズキさん。トオルさんは案外口が悪いけれど、アズキさんと話している間は肩肘張らなくて良いんだろうと思うとホッとする。そういう相手がいた方が何かあったときに逃げ場があることはボクも知っている。何の遠慮もいらない相手は大切。


 それにしても、ボク相手に話すとき以外の方がみんなの本性が見えやすい。気を遣わないで欲しいとは思うけれど、ボクの目から、耳からみんなのことを見ているお稲荷様がどう感じるのかはボクの気持ちとは別問題だ。


 ボクに気を遣わないことは相談のしやすさとか接しやすさには繋がるだろうけど、琥珀さんたちやトモアキさんから聞く限りにはボクはお稲荷様に近しい扱いで信仰の対象になるはずだ。それを考えると、あまり対等な関係になってしまうことも不味い気がしてくる。



「サクラ、どうした?」


「い、いえっ! 大丈夫です!」



 琥珀さんに顔を覗き込まれて、慌てて身を引く。大丈夫、このことは後で、この会が終わってから相談しよう。



「みなさん、そろそろお皿や料理を並べるのを手伝ってください」


「紙皿とか箸はこっちにある。できそうな方を運んで欲しい」



 御空さんがキッチンから、千歳さんが廊下から声を掛けると、トモアキさん、トオルさん、アズキさんは迷うことなくキッチンに向かった。マナトさんとユイナさんが千歳さんに駆け寄ると、少し考えていたカズマさんも千歳さんの方に向かった。


 外に出ていたミヅキさんとトシキさん、そしてもう一人の小さな女の子は、ボクより年上だろう大人っぽいお姉さんとお兄さんに連れられてお風呂場に向かっていくのが見えた。キッチンにいた子たちも最後の仕上げに気合いを入れてくれている。


 全てがボクをこの村に迎え入れるための会の準備なんだと思うと、少し泣きそうになる。


 彩葉さん、父さん、みんな。ボクには新しい居場所ができたよ。いつか紹介したいから、遊びに来てね。



「琥珀、千歳、そろそろみんな集まる時間じゃない?」



 時間を確認した助さんがキッチンから顔を出す。お皿やお箸の位置を指示していた千歳さんと琥珀さんもチラリと壁時計を確認すると、それぞれ近くにいた子の肩を優しく叩いてからボクの方に来た。



「よし、サクラは俺と千歳と一緒にお出迎えだぞ」


「はい!」



 琥珀さんに返事をすると、ちょうど遠くから無数の足音が聞えてきて耳を立てる。それを見た二人に背中を押されるようにして玄関から庭に出た。



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