第41話 ボクがいるから

side紺野サクラ



 今日の歓迎会には村中の人が来てくれるらしい。今この村にある家は全部で二十九軒、人口はボクを含めて百三人。庭まで広く使えば何とか全員でこの家の敷地内でご飯を食べることもできるという。


 ほとんどの人はここが地元だというけれど、学校の先生やお店の人たち、嫁入りや婿入りをしてきた人たちもたくさんいるらしい。


 ボクの存在やお稲荷様の存在について、みんなの認識がどうなのかも聞いてみたけど、この村の人たちは信じている人と実際に会ってみたい人ばかりだという。



「お稲荷様の存在を否定すると、この村では生きていけないんだよ。そう言う人は長くても一年もこの村に残れなくて出て行ってしまうんだよ」



 と琥珀さんは言っていた。何が起こるのかは分からないけど、ちょっと怖い。


 餃子を包む手を止めないままぼんやりとこの間の夜のことを思い出していると、隣から押し殺したような笑い声が聞えた。不思議に思って隣で餃子を包んでいるトモアキさんを見ると、やっぱり笑っていた。



「トモアキさん、どうかしたんですか?」



 お稲荷様の力に頼らずにコミュニケーションをとることがボクの今日の目標。だから素直に聞いてみると、トモアキさんが笑う息遣いが止んだけれど、まだニヤニヤしている。



「いや、サクラさんのしっぽが当たるたびにくすぐったくて」



 そう言われて思わずしっぽを見る。トモアキさんとの間には人が半分くらい入れそうなくらい間が空いている。それでも当たっていたということはかなり動いていたのだろう。



「ごめんなさい」


「いえ、楽しかったので良いですよ。サクラさんのしっぽは気持ちいいですし。ふふっ、耳も垂れてますね。あの、しっぽが動くときってどんなときなんですか?」



 今度はにこやかに笑ったトモアキさんは、包み終わった餃子からボクに視線を移したと思ったらまた次の皮の方に視線を戻した。穏やかな口ぶりは御空さんに似ていてホッとするけど、声は低くて透き通っていてかっこいい。



「嬉しいときとか、考え事をしているときとかですかね? 無意識なことが多いので何とも」


「そうなんですね。今は、何か考え事ですか?」


「はい、この村のことを考えていました」


「それは嬉しいですね」



 トモアキさんはふふっと声を漏らして笑う。サラダを完成させたサツキさんがキッチンに出来上がったものを持って行くのを目で追っていると、止まっていた手の上に新しく皮が載せられた。



「止まっている暇はないですから、作りながら話しましょう」


「はい!」



 慌てて次の餃子に取り掛かると、トモアキさんが笑っている声が耳を撫でる。ちょっと恥ずかしいけど、トモアキさんが笑っているとボクも嬉しい。



「この村は今は人口が百人ちょっとしかいないですけど、元々は五千人以上の村人がいたんですよ」


「そうなんですか?」


「はい。僕が生まれたときもそのくらいいたんですけど、みんないなくなっちゃったんですよね」



 そう話すトモアキさんの目が遠くを見ている。悲しんでいる、のだろうか。



「どうして皆さんいなくなってしまったんですか?」


「サクラさんの世話係が色守の一族というのは知っていますよね。その本家には一人娘がいたんだけど、その人が突然いなくなってしまったんです。ただでさえずっと眷属様がいなかったのに本家までいなくなったらみんな不安になってしまって。村唯一の高校が閉校したこともあって一気にみんないなくなってしまいました」



 諦めたような吐息を吐いたトモアキさんに何て声を掛ければ良いか分からなくて手が止まる。この村のために何かしたくて、この村の人たちの話を聞くことがボクの仕事なのに、咄嗟に言葉が出てこない。


 何か、何か言わないと。



「これからは、ボクがいます」


「え?」



 何とか絞り出した言葉に、トモアキさんはピタリと手を止めた。その目がボクの方を見ている気がして顔を上げると、切れ長の目の奥、小さな黒目が見開かれていた。



「えっと、ボクはこれからもずっとこの村にいます。それで何が変わるかは分からないですけど、眷属として、頑張りますから。だから、その……」


「ふふっ」



 言葉が続かなくて口籠もると、トモアキさんは吹き出した。戸惑うボクをよそに笑っていたトモアキさんは、笑いが収まると何度も何度も頷いた。その目尻が光っている気がしてよく見ようと顔を近づけると、トモアキさんは隠すようにそっぽを向いた。



「サクラ、トモアキと仲良くなれたか?」


「はい、楽しくお話してます、よ?」



 声だけで琥珀さんだということは分かったから、返事をしながら手元にあった餃子を包み終わってから顔をあげた。ん、だ、けど。琥珀さんは一人を肩車して一人を背中にぶら下げて、両腕にも一人ずつ人をぶら下げていた。



「えっと?」


「琥珀さん、またやってるんですか?」


「こっちはお皿とか出せるようになるまで手持ち無沙汰だしな。それに、ちょっとでも気を引かないとみんなサクラから目を離さないから、それ対策。餃子もそろそろ包み終わりそうか?」


「はい、あとちょっとです」



 これをよくやっているのか、と思いながらまじまじと見ていると、琥珀さんの周りからボクに注がれる熱視線に気が付いた。上からも下からもジーッと見つめられるとちょっと戸惑う。



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