第40話 子どもと大人
ジッとサクラを見つめるトシキとミヅキをトモアキは楽しそうに見ているけど、初対面のサクラは目を見開いたまま固まっていた。トシキたちの後ろからサクラに手を振ると、サクラはピクリと耳を立たせた。
「あ、初めまして。紺野サクラです。よろしくお願いします」
サクラがペコリとお辞儀をすると、耳も一緒に動く。それを見ていたトシキが手を伸ばしたのを後ろから止める。キョトンとした顔で振り返ったトシキには申し訳ないけど、敏感なところを無断で触るのはサクラじゃなくてもよろしくない。
「ほら、二人は挨拶したか?」
私が聞くと、二人は揃って首を横に振った。サクラが少し腰を落として視線の高さを合わせてくれたから、ミヅキの背中をそっと押してやる。
引っ込み思案なミヅキは少し恥ずかしそうにしていたけれど、サクラが微笑みながら待っているのを見て勇気が出たらしい。ギュッと拳を握りしめた。
「四葉美月です。小学校六年生です。えっと、あんまりお話は得意じゃないですけど、今度、お社に会いに行っても良い、ですか?」
「はい、もちろんです。いつでも来てください。ミヅキさんのペースでお話しましょう」
真っ直ぐにサクラの目を見て、たどたどしくても話すことができたミヅキが満足気に頬を緩ませると、サクラも柔らかく微笑んだ。しっぽがふわふわと動いてトモアキの足を擽っているけれど、トモアキは何も言わずに笑いを堪えながら餃子を包む。
「僕は二宮寿樹です。小学校三年生です」
「トシキさん、ということはボクが倒れていたのを見つけてくれた方ですか?」
「うん。僕とカズマくんとマナトが見つけたんだよ」
「そうでしたか。遅くなってしまいましたけど、本当にありがとうございました」
「どういたしまして!」
完全に敬語が取れてしまっているけれど、サクラが気にしていないなら大丈夫だろう。その目や耳を通してこちらを見ているお稲荷様がどうかは分からないけれど。
「よし、他のみんなも話したいの我慢して働いてるからな。ミヅキとトシキも机拭きに行くぞ」
「えぇ……」
「あとで話す時間あるから、な?」
駄々をこねるトシキを抱え上げてしまえば主導権はあっさりこっちのものだ。
「暴れると落ちるぞ」
この一言でピタリと動きを止める。トシキくらいならまだギリギリ抱えられるから良かった。ただし、そのまま歩けと言われたら絶対に無理だけど。
「じゃあトモアキ、サクラのことよろしくな」
「うん。サクラさん、続きやりましょう」
「はい、終わらせてしまいましょうか」
仲良くなったわけではなさそうだけど、話せていないわけでもなさそうな二人。特に問題はないだろうと判断して、トシキを床に降ろして手を繋ぐ。
トシキとミヅキを連れてお風呂場で雑巾を濡らしてリビングに戻ると、リビングの方も設置が終わったらしく、みんなのんびりと座布団に座っていた。けれど、みんなトモアキと、たまに正面でサラダのドレッシングを作っているサツキとも談笑しながら餃子を包むサクラのことを横目に見ている。
「誰か机拭く手伝いしてくれる人いるか?」
「ミィちゃんやる!」
「ありがとう。じゃあミコト、ここにある机拭いてくれる?」
「うん!」
私の声に気が付いていない子もいる中で一番に手を挙げてくれたミコトに私が持っていた雑巾を渡した。
「ミヅキとトシキは私と外に出ましょうか」
「あ、千歳くん、あたしが行くよ。机拭けばいいんだよね?」
「ああ、頼む。ミヅキ、トシキ。ホナミの目の届かないところには行くなよ?」
頷いた二人の手を取ったホナミ。三人の背中を見送るとホッと一息ついてから廊下の階段下にある物置に向かう。
この家は山の中腹にあるから、家の周りには落ちると危ないところもある。琥珀が丈夫な柵を立ててくれてはいるけれど、相手は山育ちで山や川を駆け回って遊んで育つ子どもたちだ。柵を乗り越えてはいけないと言われても、大丈夫そうだと判断してしまえばあっさり乗り越えてしまう。活発な子たちからは特に目が離せなくて神経を使う。
でも中学生にもなれば、琥珀ほどのド阿保でなければ、ある程度の自制心を働かせて危険を回避してくれるから小学生たちを任せることはしなくても、気を張る必要はグッと減る。そして高校生、大学生は自分から年下の子たちの面倒を見てくれるようにもなる。正直助かる。
ホナミは私が中学二年生のときに小学校に入学した子だったから、学校での絡みはなかった。だけど私によく懐いてくれていたから、よく世話をした子の一人だった。高校に入学するまでは清楚で物静かな子だったが高校でギャルデビューを果たした。大学生になるとギャルっぽさは抜けて明るい大人っぽい子に成長した。
「もう成人してるんだもんな」
成人年齢の引き下げで十九歳で突然大人の仲間入りをしたホナミは今年で二十歳。とはいえ、この村では学生のうちはまだ保護対象だとして学割だけではなく子どもとしての権利も認められている。例えば、夏祭りで綿あめはタダでもらえる。
だからついつい忘れてしまいがちだが、さっきのような場面でホナミの成長を実感させられる。
そういえば小さい頃は千歳くんと結婚する、なんて言っては恥ずかしそうにもじもじしていたな。照れ臭かったけど私も嬉しくて、大人になったら、なんて言ってたか。きっととっくに忘れているだろうけど。
嬉しさと少しの寂しさに浸りながら引っ張りだした段ボールから紙皿や割り箸、紙コップの数を数えた。
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