第35話 黄金の光

side石竹琥珀



 サクラを抱きかかえたまま山道を登りきると手水舎で手を洗う余裕もなく境内に足を踏み入れかけたけど、千歳に止められてきちんと手は清めた。次第に荒くなるサクラの呼吸に気を取られてしまったけど、今日はちゃんとしないといけない日だった。一旦サクラを助に預けて交代で手を清めると今度こそ鳥居を潜った。


 社の前に着くと、腕の中から聞こえていた荒い呼吸が急に聞こえなくなった。



「サクラ!」



 御空の焦った声に慌てて顔を向けると、サクラは完全に気を失っていて御空の声掛けにも反応する様子がない。助がパニックになりかけているのを落ち着かせるように規則正しいリズムで肩を叩いている千歳も、どうしたら良いのか分からないようで眉間にシワが寄っている。


 ここは俺がしっかりしないと。深呼吸をして視野を広げると少し気持ちが落ち着いてきた。大丈夫、意識がない人への対応は消防団でも学んできたこと。


 一度石畳の上にサクラを降ろすと、気道の確保をしてなるべく身体が楽になるように体勢を整えた。幾分か表情が緩んだのを確認してホッとしていると、トントン、と肩を叩かれた。


 振り向くと見たことがない美人なお姉さんが立っていた。金髪とサクラと同じ黄金色の目が印象的で、純白のワンピースが風にふわりとはためくたびに金木犀の香りが鼻を掠める。お姉さんの後ろでぽかんと口を開けていた三人も、俺と目が合うと困惑の表情を浮かべた。



「サクラ」



 お姉さんはサクラの名前を呼ぶと、サクラの前髪をかき上げてそのおでこにそっと触れた。お姉さんの手が触れた瞬間、サクラは目を開けないながらもピクリと反応した。



「琥珀、聞きたいこともあるでしょうけど先にサクラを借りますわね」


「え、あの……」



 声を掛けた俺にお姉さんは微笑むと社の正面にある障子をバシッと勢いよく開けた。そしてサクラを軽々と抱きかかえて社の中に入っていった。細腕に見えたけど、人は見かけによらないらしい。



「おいでなさい」



 突然のことに動けずにいた俺たちを振り返ったお姉さんは首を傾けて俺たちに社の中に入るようにと促した。俺たちは顔を見合わせると頷き合って俺を先頭に社に上がった。あのお姉さんが何者なのかは置いておいても、サクラの傍にいたい。


 畳の上にそのまま座ろうとするお姉さんに座布団を差し出して、サクラを寝かせるところにも座布団を三枚並べてその上に降ろしてもらった。俺がそうこうしている間に御空が敷いてくれた四枚の座布団に俺たちも正座すると、お姉さんがサクラの左目に触れた。



「何をなさるおつもりですか」



 つい俺が声を掛けると、お姉さんはこちらに顔を向けることはなかったけれど手を止めた。



「サクラの意思は聞いておりましたから。早く目を覚まさせてあげるためにも儀式を先にやってしまった方が良いでしょう?」


「やはり、あなた様は……」



 千歳の問いかけにサクラを見つめたまま微笑んで返したお姉さんは左手の親指でサクラの瞼をこじ開けた。



「儀式の間は何があっても私の動きを止めないでくださいね?」



 その言葉の意味を問う間もなく、お姉さんは右手の人差し指で軽く眼球に触れた。



「ひっ、んぐっ」



 衝撃的な絵に三人の様子が気になって横目に確認すると、悲鳴を上げかけた助の口は隣に座った千歳が塞いでくれている。俺は自分の隣で白くなるほどの力で握り込まれている御空の拳に手のひらを重ねた。その拳をこじ開けて手を繋ぐと隣で肩が震えるのが視界の端に映って、冷たい雫が俺の手の甲に落ちた。


 サクラに視線を戻すと、お姉さんの指先から溢れた光がサクラの黄金色の瞳と共鳴して次第にそれが混ざり合っていく。指を離したお姉さんが細かく輝く光を手のひらに集めて握りしめると、飴玉のように軽く口の中に放り込んだ。


 お姉さんの喉が上下すると今度はお姉さんの黄金色の目が光りを増して輝きだした。お姉さんが瞬きをした瞬間、左目から飛び出してきた黄金色の炎。それを丸め込んで球体に形を変えさせたお姉さんはまたサクラの左瞼をこじ開けて、そこに黄金色の火の玉をそっと押し込んだ。


 サクラから手を離したお姉さんがサクラの左瞼にキスを一つ落とすと、サクラの白い耳がピクリと反応した。薄っすらと、ゆっくりと両目が開かれると二つの輝きの違う黄金色の目が見えた。お姉さんを視界に捉えたサクラは穏やかに微笑むと足の間でだらりとしていたしっぽを抱き込んで再び目を閉じてしまった。



「サクラ!」



 我慢できなくなった御空が名前を叫ぶ。俺もサクラの傍に行こうと腰を上げたけれど、お姉さんはこちらに視線を投げると人差し指を唇に当てて妖艶に微笑んだ。その微笑みに何とも言い難い圧を感じて俺たちが動けなくなると、お姉さんはサクラの白く透き通る髪に指を通してさらさらと撫で始めた。



「大丈夫ですわ。疲れて眠っているだけですから。痛みはなくとも疲労はいたしますから、しばらく眠らせてあげましょう。その間に」



 サクラを撫でる手は止めないまま顔を上げたお姉さんは俺たちの顔を順番に見ると柔らかい笑みを浮かべた。先ほどの圧は感じないけれど何か胸がざわつく笑みだ。



「大人の話をしましょう。世話係の者たちよ」



 神々しさを放つお稲荷様を前に俺たちはひれ伏すほかなかった。


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