第34話 正装

side常盤御空



 この一週間どこか心ここにあらずといった様子だった助は、朝のうちにサクラと話をしたことで気持ちの整理がついたらしい。晴れ晴れとした顔で出てきたときはほっとした。


 立ち聞きしていたことは申し訳ないと思うけれど、サクラが生まれた研究所を探すのはかなり難儀なことだと思う。この村に道が繋がっている山はそこそこな数があって、一か月かけても全てを確認することは難しい。それでも助がやると決めたのであれば協力するしかないけれど。


 朝ご飯を食べ終わってお皿も片付けてしまうと、それぞれが自室に戻って装束に着替えた。とはいえ俺たちは神職についているわけではないから袴の色は独自の色だ。


 琥珀は石竹色という淡い赤、千歳は京藤色で紅がかった深い紫、助は山吹色で赤みを帯びた黄色。俺は常盤色という茶色がかった緑だ。それぞれの家の色と対応していて、親の代から継承されているものを着る。


 着替えを終えて一階に下りると、この間呉服屋【八屋】の女将、タエコさんがこさえてくれたものに千歳がしっぽ穴を開けたばかりの束帯を着て動きにくそうにカクカク歩くサクラがいた。白地に紺色のラインが入ったデザインで、毛並みが白い桜が着ると雪の精のようだ。



「サクラ、千歳はどこにいますか?」


「自分の着替え中です。あ、琥珀さんは洗面所で寝癖直してます」



 サクラが下に下りているなら琥珀か助が下にいるとは思っていたけど、さすがに琥珀は着替えが早い。俺も毎年何度か着る機会があるから早く着替えられるようになってきたとはいえ、やっぱり最年長は歴が違う。



「サクラ、あまり動くと崩れますよ」


「うぅ。かっこいいけど動きにくいです」



 しょんぼりと耳もしっぽも垂らしたサクラは、束帯を買ったときから着ることをかなり嫌がっていた。ここに来たときも緩いズボンを履いていたし、締め付けられるような服はあまり好きではないらしい。



「まぁまぁ、今日だけですからね」


「頑張ります」



 可動域を調べるようにゆっくりとしっぽを振るサクラにいれたての温かい紅茶を差し出すと、しっぽの動きが早くなった。



「ありがとうございます!」


「そのくらいのしっぽの動きなら大丈夫そうですね」



 クスリと笑うと、サクラはしっぽをピタリと止めた。恥ずかしそうに頬を掻くとコップを受け取って紅茶を一口飲むとふにゃりと幸せそうに笑った。



「美味しいです」


「それは良かったです」



 装束が着崩れないように気を付けながらソファーに座ると、サクラも恐る恐るといった様子で隣にちょこんと座ってきたから裾を軽く伸ばした。シワになってもいけないし。



「ありがとうございます」


「いえいえ」



 サクラと話していると不思議と気持ちが落ち着いてくる。落ち着くということは、と考えていくと俺も緊張をしていたことを実感する。さすがにお稲荷様にお会いしたこともないからどんな方なのかも分からないし、今日本当にお目見えできるのかすらも確かではない。



「御空さん、大丈夫ですよ。お稲荷様はとても楽しい方ですから」



 サクラがほのぼのと笑っているから大丈夫だとは思うけど、それにしても神様に向かって楽しい方と言えるサクラの逞しさには感心するしかない。きっとサクラならこの村の人たちをいい方に導いてくれるはずだ。



「サクラ、これからよろしくお願いします」


「はい! 一生懸命、頑張りますね!」



 グッと気合いを入れているサクラの頭をさわさわと撫でると、サクラは蕩けるような笑顔を見せてくれた。俺も全力でこの笑顔を守らないと。



「おーい、準備できたぞ」


「こっちも準備できたぞ。行くか」



 洗面所から琥珀が出てくると同時に千歳と助も下りてきた。


 全員で家を出て社を目指して山道を歩く。その道中、何度も束帯の裾に絡まって転びそうになるサクラを俺と助で両側から支えていると、一番前を歩いていた琥珀が足を止めた。



「琥珀?」



 最後尾を歩いていた千歳が声を掛けると、琥珀は自分の膝をバシッと叩いて大きく息を吐く。そしてまた歩き始めた。



「大丈夫だ」



 伸ばされた背中を頼もしく思いながら俺たちも歩き出すと、琥珀が立ち止まった辺りで大きなオーラを感じて帰りたくなった。助に視線を送ると助も感じているようで困ったように眉を下げる。



「サクラは大丈夫ですか?」



 サクラの顔を覗き込むとサクラは俺たち以上に苦しそうで、ふらふらと今にも崩れ落ちそうになっていた。



「お稲荷様を近くに感じているからなのかもしれませんね」


「一旦帰る?」



 助が目を潤ませて琥珀を見上げると、千歳と視線を交わして首を横に振った。



「戻ってもきっとまたここにくれば同じことになるだろうしな。だったらお稲荷様にお会いして見てもらった方が良いだろう。ここからは俺が連れていく」



 琥珀が言うならと全員で琥珀がサクラをお姫様抱っこするのを手伝う。うっすらと目を開けたサクラの口が動いたのが見えて口元に耳を近づけるけど、掠れる声を聞き取るのは難しくて何度か聞き返してしまった。



「ちからが、きえる」



 荒い息に混じって聞こえた言葉を共有すると、助は腕に着けた時計を確認して難しい顔になった。



「サクラがお稲荷様と会った時間まではまだあるはずでしょ? 何でこんなに早く」


「近づいたからなのか、ほかの理由なのか。なんにせよ、サクラの覚悟は決まっているんだ。お稲荷様と契約すれば体調も戻る可能性があるなら急いで連れて行こう」



 千歳の言葉に頷いた俺たちは駆け足で山道を登った。体力がない俺と千歳は社が見えるころには息も絶え絶えだったけれど、サクラのためだと思えば不思議と足が前に進んだ。



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2024.01.23最終更新

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