第30話 助六の夕食
side京藤千歳
家に帰ると、琥珀と助六が夕飯の用意をしていた。御空はキッチンに向かいながらダイニングテーブルを確認して、野菜だらけのメニューに苦笑いした。その様子を見ていた琥珀はちょうど味見をしていた鍋を指さした。
「これ、ロールキャベツも作ったからお肉も食べられるよ」
「作ったのは琥珀じゃないでしょ」
助六のツッコミを聞きながら、そりゃそうだと思う。琥珀は普段から料理はあまりしないからな。
御空は流しで手を洗いながら助六に視線を送った。
「ベースは?」
「コンソメ」
「ちょっとポトフっぽく見えなくもないですけど、美味しそうですね」
三人が楽しそうに話している、というより御空と助六が話しているのを琥珀が聞いている状況。ほっこりした気持ちになりながら、目の前で立ち止まって微笑んでいるサクラの背中に手を添えた。
「私たちも手を洗おう。洗面所に行くぞ」
「はい!」
しっぽ穴から飛び出す白くてフワフワしたしっぽをフリフリと振りながら返事をしたサクラと洗面所に向かう。
手を洗ってうがいをして。サクラの手や顔や髪に飛んでしまった水をタオルで拭いてやりながら、昔の助六を思い出した。
御空はこの村にやってきたのが小学校六年生だったから、面倒を見るような経験はあまりしていない。だけど、四つ歳の離れた助六には彼が小学生になるまでよく世話を焼いていた。
琥珀は前で歳の近い子どもたちを引っ張っていくようなやつだったから、みんなと仲が良かった。助六はその毒に侵されるまでは恥ずかしがり屋な子だったから、私以外に懐いていない時期もあった。そのころは一日の大半を二人で一緒に遊んで過ごして、外で遊んだときは公園の水道で手を洗ってから家に帰った。
手を洗うのが下手くそで、至る所に水を飛ばしていたのをよくハンカチで拭ってやった記憶がある。そのときの助六の擽ったそうな顔が、今目の前にいるサクラの擽ったそうに目を細めた顔と重なって見えたんだと思う。
「千歳さん?」
「ん? お、これでよし」
拭き終わってタオルを退けると、手で少し乱れた髪を宥めた。サクラのクリクリした目が私を見上げていることに気がついて大丈夫だ、と意味を込めて笑いかけると、サクラは穏やかに笑い返してくれた。
リビングに戻ってみんなで食卓を囲む間、サクラの話ばかりではサクラがご飯を食べられなくなるからと、私を含めた他の4人の話をしていた。私は3人の話を聞く間、頭の片隅でサクラの変化について考えていた。具体的に何が変わったかは分からないけど、今までの眷属様たちにも突然変化があったという記録は残されている。
社での様子を見ていた限り御空も何かがおかしいことには気がついているだろうし、夕飯のあとにでも話がしたいところだ。
サクラのことを大切にしたいという気持ちがお世話をする役目だからでも、保護対象だからでもなくなっているのは昨日から自分でも分かっている。琥珀や御空、助六に対する気持ちと似ている感情を抱いているのならば、それ以外にサクラのことを考える理由は要らない。
夕飯を食べ終わって私が洗ったお皿をサクラに拭いてもらっていると、隣のコンロで御空がお湯を沸かし始めた。
「サクラ、紅茶とお茶と、どっちがいいですか?」
「紅茶がいいです。御空さんのいれる紅茶は美味しいですから」
花が咲いているような穏やかな会話を聞きながらお皿を洗い流していると、目の前で琥珀がケーキを切り分けているのが見えた。助六にどこを切るべきか聞きながら慎重に包丁を入れた琥珀は、上手くいく度に助六に頭を撫でられている。琥珀が嬉しそうだから何も言わないが、年齢が逆転しているその様は面白い。
お皿を洗い終わって、サクラが拭き終わるまでの間に御空がいれた紅茶をダイニングテーブルに運んだ。サクラが席に着くころには助六以外が座っていて、最後に座った助六はフォークを配った。
「これはりんごとカボチャのパウンドケーキ。今回は卵と小麦粉は使っちゃってるから、それが課題かな。使わないバージョンもこれから試作していくつもり」
この小さな村にもアレルギーを持っている子はいるからその対策は必須だ。月末のハロウィンでも村中にお菓子を配ることになるから、1つでも多くアレルギーに対応したレシピがあった方がいい。小麦粉、卵、大豆のアレルギーの子がそれぞれいるから、全く同じものを食べさせてあげることはあまりできないけど、助六ができる限りなんとかしてあげたいと思っていることは村中の人が理解している。
「じゃあ、食べようか」
琥珀が覚悟を決めたような深刻な顔で言うと、助六に脇腹をどつかれて呻いた。
「嫌なら食べなくていいんだよ?」
「すみません、食べさせてください」
「まったく、もう」
プルプルしながら懇願している琥珀の姿に御空と二人で噴き出した。サクラはそんな私たちを見ながらニコニコと静かに笑っていて、どこか一歩引いているような印象を受ける。
「サクラ?」
「はい?」
「食べるか」
「はい!」
フォークを手に持ってケーキをキラキラした目で見つめるサクラはようやくここにいるように見える。
「いただきます」
五人で一斉にパクリと食べると、サクラの目がへにゃりとふやけて頬が垂れて落ちた。後ろでしっぽがせわしなくパタパタ動いているのが素直で可愛い。
「美味いな」
「うん、優しい甘さだな。助のはいつも甘すぎなくて美味い」
「これならカボチャが苦手な子でも食べられるかもしれませんね。りんごのシャキシャキ感が苦手な子も煮りんごなら食べられるって言ってましたし、アレルギーのない人たちみんなが食べられるんじゃないですか?」
助六は全員の反応を見て嬉しそうにしながらノートにメモを取る。今後の参考にするために感想までメモを取って改良していこうとする姿勢は努力家の助六らしい。
「これ、しっとりしてて美味しいですね。こんなになめらかなケーキ初めてです」
惚れ惚れしているサクラの言葉も頷きながらメモを取った助六は、ペンを置いて立ち上がるとサクラの頭をもふもふと撫で始めた。サクラは擽ったそうにしながらもされるがままになっている。
「みんな、ありがとうね。自信をもって今度の講座に持っていけるよ」
ニコニコ笑っている助六の肩に琥珀の腕が回されて、琥珀が豪快に笑った。
「助なら大丈夫だよ。よろしくな」
「うん」
しっかり頷いた助六はすっかり頼もしくなった。
「大人になったなぁ」
なんだか感慨深くてついつい零してしまった言葉は誰にも聞かれていないと思ったけど、一番遠くにいるサクラだけが私を見ながら微笑んでいた。その姿を見て、違和感が確信に変わった。
「サクラ、今日のことを聞いてもいいか?」
唐突かと思ったが、サクラは見透かしているようなあの眼差しで頷いた。
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