第28話 千歳と御空の歩く道

side京藤千歳



 社までの参道を静かに歩きながら、ずっと気になっていたことを御空に聞いてみようかと思って御空の様子を伺う。サクラがうちに来て、素の表情が垣間見えることが多くなった今の御空なら、答えてくれる気がした。


 御空は杜の様子を見ているようだったけど、社まであと半分といったところで急に足を止めた。



「千歳、何か聞きたいことでもあるんですか?」


「えっ」



 私を振り向いた御空は寂しげに微笑んでいて、儚く消え去りそうに見える。この顔には、見覚えがある。


 一応私も世話係の先輩だから後進の育成も仕事のうちで、御空と助六に仕事のことを教えていた。特に環境の変化が大きくて、いきなり大役を任されることになった御空には心的なストレスがあるんじゃないかと考えた私は御空の本心に触れようと何度か遠回しに尋ねたことがあった。今の御空の顔はそのとき私の質問を華麗に躱していったときのものと同じだ。


 ずっと思っていた。まだ本心を明かせるほどの信頼が私には無いのかもしれないと。けれど今は違う。少しずつ仲を深めてきた。それに違和感に気がついていながら何もしないでいたら、また失うことになるかもしれない。あの人のように。



「そうだな。聞きたいことがある」



 私が御空に向き直ると、御空は表情を和らげた。こんな表情もできるなんて、やっぱりサクラと出会ってから御空の心境に変化があったことは間違いないだろう。



「なんだか、懐かしいですね。出会ったころから千歳はよく俺の様子を伺っていましたから」


「聞く度にはぐらかされたけどな」



 私がからかってため息を吐くと御空は視線を逸らして頬を掻いた。



「ずっと、本心が知られたらここにはいられないと思っていましたから」



 そう言って目尻を下げた御空は前を歩きだした。顔を見られたくないのだろうが、私も今日は引く気はない。小走りに御空の隣に並ぶと、肩を並べて歩き始めた。



「御空はいつも笑っていて、嫌なことを嫌とは言わないし嬉しくても感情を殺しているように見えたんだが、間違っているか?」


「ははっ、気がついていたんですね」



 御空は笑ったまま表情を変えずに前を向いている。それでも声に少しの驚きが含まれていることは感じ取った。



「最初はただの勘だったけどな。今でもほとんどは勘に頼っている」


「それはすごいですね」



 御空が足を止めてようやく私の顔を見たと思ったら、呆れた顔をしていた。そういえば、私も何を根拠にそう思ったのかを伝えたことは無かったな。



「千歳っていつでも論理的に考えているタイプだと思っていましたけど、そうでもないんですね」


「それはディスってないか」



 使い慣れない言葉を使ってみると、御空は私に冷ややかな目を向けた。



「ディスるなんてどこで覚えてきたんですか」


「この間トモアキに聞いた。なんでもコウキにディスられたと言っていてな。そのときに教えてもらったんだ」



 高校一年生の百田光輝はトモアキにとっては後輩であって幼なじみみたいなものだ。小さいこの村には今現在、全部で十五人しか子どもがいない。それにお互いに同級生がいないこともあってずっと一緒にいたトモアキとコウキは仲がいい。


 ただ、喧嘩するほど仲がいいという言葉の通りに喧嘩も多くて、年上だし力でもコウキに適わないからと我慢することも多いトモアキが助六に勉強を教えてもらいがてら私たちに愚痴を零しに来ることは日常茶飯事だ。私にとっては数少ないイマドキの文化に触れる機会でもあるからウィン・ウィンの関係ではあると言ってもいいだろう。


 それはともかく、私には御空が今のように冷ややかな目を向けてくれることが嬉しい。それは決して私が被虐趣味とかいうわけではない。思ったままに御空が感情をぶつけてくれていることが嬉しかった。



「御空は本心を知られたらここにいられないと思っていたと言ったな。それは私たちに嫌われると思ったからか?」


「そうですね。ここに来ることは俺の本意ではなかったですけど、嫌われたらもうどこにも居場所がなかったですから」



 御空がこの村に来たのは常磐家の最後の一人だった常磐のおじさんと、その奥さんであるおばさんが子どもに恵まれなかったからだった。おじさんの弟夫婦だった御空の両親の元には御空以外にも子どもが何人かいたらしく、その中から一番聡い子どもだった御空が選ばれておじさんたちの養子に迎えられたと聞いている。


 御空の両親は御空を養子に出すことをかなり渋っていたが、その頃には色守家の本家筋が断絶していたこともあって、関係者全員からの説得を受けて御空を送り出すしかなかったらしい。



「ある日突然両親から養子に行くようにと言われた俺は、断ることも許されずにこの村に来ることになりました。あの日の朝、家を出る俺を両親は見送ることもなかったですから、捨てられたんだと思いました。父からはそんなことはなかったと何度も聞かされていましたけど、だったらあの日、抱きしめて欲しかった。せめて見送って欲しかった。それが出来なかったのはしたくなかったからでしょう?」



 その言葉を否定しようと口を開きかけたけど、冷たく言い放ったその目に溜まった水分に気がついて口を噤んだ。



「捨てられた俺に逃げ場はありません。だったらここで最大限必要とされようとして、何が悪いんですか?」



 私が思わず足を止めると、御空も隣からいなくなった私を訝しげに振り向いた。



「御空は両親を憎むことで心の安定を保っていると思ったから言わないでおいたんだが、それが間違っていたんだな。申し訳ない」



 眉をひそめた御空に、俺は自分のスマホを差し出す。それを見た御空は目を見開いた。



「これは」


「ああ、御空の両親からのメールだ。最初は手紙が届いていたんだが、この村に来たころの御空は唯一両親の話をされることを嫌がっていただろう? だから私から手紙を出してメールを送ってもらうように頼んだんだ。いつか御空の心の整理がついたときには御空に転送するからと伝えてな。代わりに私からは御空の近況を伝えていた。勝手にすまない」



 黙ってメールを見つめた御空の目には雫が浮かぶ。もっと早く伝えておくべきだったのだろうか。



「御空の両親は今でも御空のことを心配している。御空が気にしいなのと同じだな」



 空を見上げた御空は、いろいろなものを耐え込むようにグッと口元に力を込めた。しばらくそうしていると、目元を拭った御空は微笑んで私を真っ直ぐ見据えた。



「いえ、ありがとうございます」



 私には御空の気持ちの全てを理解することはできないが、また一つ前に進めたのだろう。いつも助けられている分、御空が倒れてしまわないように支えていきたい。


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