第17話 ホントのキモチは


 琥珀さんも席に着くと、千歳さんは少し操作してからカメラを琥珀さんに渡した。ちらっと見えた画面にボクが映っていたから、さっき撮った写真だろう。



「さっき撮らせてもらったんだ」



 千歳さんが誇らしげに言うのを見て微笑んだ琥珀さんはカメラに視線を落とした。しばらく黙ってテンポよく写真を確認していた琥珀さんは、ふっと手を止めた。



「これ、えっと、十六枚目かな、データ欲しい」


「分かった。後で送っておく」


「助かるよ。早速明日原稿を提出できるように頑張るかな」



 いつの間にかキッチンにいた御空さんが、カメラを千歳さんに返した琥珀さんの前に淹れたての紅茶を置いて座った。



「それにしてもたくさん撮ったな。まさかとは思うが、ゾーンに入ったりは?」


「した」



 肩を落とした千歳さんの肩を隣に座る御空さんが優しく擦る。小さく頷いて返した千歳さんに、琥珀さんは厳しい顔を向けた。



「サクラはここに来るまでにかなりの苦労をして疲れているはずだ。ましてや村長にも会わせたんだから精神的な疲労もあっただろう。そこに長時間の写真撮影はいくらなんでも」


「分かってる。だがしかし、ファインダー越しにサクラを見たら、もう。止められなかったんだ。この美しさを逃したくないと本能が疼いたんだ」


「分からないわけでもないけどな」



 琥珀さんが言い淀んで頭を掻く。ボクは斜め前に座る御空さんの服をちょいちょいと引っ張った。御空さんは琥珀さんからボクの方に視線を動かすと、眉をピクリと動かした。



「どうかしましたか?」


「そもそも、千歳さんのあれは、何だったのですか?」



 ボクの言葉にみんなが反応して振り返る。その顔にはぽかんと書いてあったけれど、それが次第にやってしまった、に変わっていった。



「そうじゃん、サクちゃんに説明してないじゃん」


「いや、元はと言えば助六が話の筋をずらしたからだろう?」


「え、僕なの?」


「はいはい、どっちでもいいから」



 仲が良いのはいいことだけれど、その言い合いをされてはまた話の筋があやふやにされてしまう。琥珀さんがため息を吐きながら二人を宥めた。


 琥珀さんは最年長といじられるだけあって他の三人を統率したり、場を荒立てないようにしたりすることが上手い。肩をすくめる二人を一瞥した琥珀さんは御空さんに視線を移した。



「千歳のあれを俺たちはゾーンと呼んでいます。見て分かったと思いますけど、ゾーンに入ると周りが見えなくなって、ファインダーの中にしか意識が向かなくなります。そうなると体力の消耗が激しいようで、ゾーンから抜けると倒れてしまうんです。ただ、疲れるだけで身体に悪いところがあるわけではないので安心してください」


「逃したくないと思う瞬間だったり美しいものがファインダーに映っていると、どうしてもそれに意識が集中してしまって、それしか見えなくなってしまうんだ。集中しすぎると、気持ちの強さによっても疲れの度合いは毎回変わるんだが、今日みたいに強く思い過ぎてしまうと意識を失うこともあるらしい。怖かっただろうか」



 御空さんから話を繋いだ千歳さんは、弱々しく眉を下げた。助さんも千歳さんの表情を移したような顔で俯きがちにテーブルの一点を見つめていた。



「外に風景写真を撮りに行くこともあるんだが、その場で倒れていることもあってな。みんなにも迷惑をかけてしまっている。直したいとは思うんだが、本能には逆らえなくてな。カメラを初めてからずっとこんな調子だ」



 四人の中にお葬式のような空気が流れ出した。そんな中でボクはどうしてみんなが悲しそうなのかが理解できなくて、みんなの顔を順番に見た。



「あの、それってそんなに悲しむことですか?」



 思わず言ってしまった言葉にみんながバッと顔を上げてボクを見る。その中には訝しむような厳しい顔も光を見たような顔も。反応はそれぞれだけどそれぞれが思うところがあるらしい。



「サクラ、心配するのは当然ではありませんか?」


「御空の言う通りだよ。千歳が苦しんでいるところは見たくないし、千歳だって直したいって思っているんだよ?」


「そうだぞ。千歳が俺たちに迷惑をかけたくないと思っているのを知っているし、俺たちがすぐに手を差し伸べられないところで倒れたらと思ったら怖いんだよ」



 琥珀さんの言葉に御空さんと助さんは全面的に頷いた。それを見た千歳さんは、視線を逸らして苦しそうに唇を噛んだ。



「確かに、心配にはなります。でも、だからといって千歳さんの良いところをなくす必要はないんじゃないかと思います」



 真っ直ぐ千歳さんを見つめて、千歳さんに向けて言葉を選ぶ。今日出会ったばかりだけど、不思議と千歳さんが本心では何を望んでいるのかが分かった気がしたから。眷属ということがあったにしても、出会ったばかりのボクに迷うことなく救いの手を差し伸べてくれた千歳さんの心を救うことができるのならば、ボクが思ったことを伝える価値が少しはあると思う。

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